2000年3月31日金曜日

2000年3月31日(金)

ヘルツのレコーディングが終了。 朝の4時半帰宅。 風呂に入ってから少し曲作り。6時45分就寝。 12時15分起床。
六本木にあるワーナーマスタリングスタジオで14時からソロマキシー用のマスタリン グ。 はじめて仕事させてもらったエンジニアの菊池さんが素晴しかった。瞬時に曲を理解してこちらの希望以上の音に仕上げてくれた。作業の進行もスムーズで理に かなっている。プロの仕事。場所を縁インターナショナルの事務所に移し18時頃からマネージャーの哲ちゃん、縁 で仕事しているデザイナーの中野さんとふみお君とでソロCD用のジャケットに関する 打ち合わせ。その後哲ちゃんと二人で辺見マリさんの曲作りに関する打ち合わせ。21時過ぎに帰宅。テレビでスピードのラストライブを観る。
有珠山噴火の様子をニュースで観る。 さっき帰りに買ってきた雑誌「紙のプロレス」を読む。手帳をみてたら一月前の出来事がかなり昔に思えた。

2000年3月30日木曜日

2000年3月30日(木)

ツアー先の高山から高山本線、新幹線経由で無事、帰宅。
高山本線は列車の左右の揺れがきつくて乗り心地はもう一つなのだけれど、車窓から みえる渓流の景色がすばらしく、お気に入りの在来線の一つ。

ピアノマンナイトツアーは前回より動員も伸びて、内容も好評だったようでなにより。 この企画の元々の発案者は僕なのだけれど、今はこのサイトの管理人でもあるトミー が中心になって企画と制作をやってくれている。 手作りのいいイヴェントだと思う。 感謝。

2000年3月24日金曜日

2000年3月24日(金)

ヘルツのレコーディングから帰宅。 もう朝の4時半。 で、9時半に渋谷集合。
また名古屋。ピアノマンナイトツアー初日。 なにやろうかな。 メンバーとは一切、打ち合わせなし。 当日のお楽しみ。

2000年3月20日月曜日

2000年3月20日(月)

浜松のライブを終えてマキさんのツアーから帰宅。 最近、ずっと体調が良かったのに数日前から花粉にやられてしまった。鼻がつまって息苦しく、集中力がとぎれ声が出にくい。
18日の名古屋が特に厳しかったので、気合いをいれてステージにのぞんだらライブ 後半でプッツン。ピアノを離れて激しくタップを踏みだしたら、引っ込みがつかなくなっ てしまい半ばヤケ気味にダンシングを披露。 疲れた。
この日のライブの後、得三店長の鬼頭君から、先月12日のヘルツ得三ライブが終わった夜中にスタッフのS君が交通 事故で亡くなっていたことを知らされる。 彼はヘルツのことをとても気に入ってくれていて、いつも気持ち良く僕達を迎かえ入れて くれていたのだ。 その日のヘルツのライブも彼は本当に楽しんでくれていたそうだ。
酒の席に戻ってバカ話を再開しながら時々、胸がしめつけられた。

2000年3月17日金曜日

2000年3月17日(金)

ただいま帰宅。 レコーディング順調! で、またツアー。 最近、ほんと名古屋へ行く機会が多いなあ。

2000年3月13日月曜日

2000年3月13日(月)

無事、レコーディング終了。
で、もう明日からヘルツのレコーディング。手帳をながめると呆れるくらいハードなスケジュール。不思議とあまり疲れを感じない。今年は花粉症にも悩まされ ない。ツアーで毎晩、飲んでも二日酔いにならない。ツアーは楽しい。嫌なことはすぐ忘れる。せつないことはおぼえてる。
もう寝よう。