2003年4月30日水曜日

2003年4月30日(水)原宿クエストホール

曇り時々小雨。
レコ発ツアー最終日。
体調OK。
午後2時半頃、楽屋入り。
皆と挨拶をかわす。
今日はスタッフの数が多いなあ。
今日のピアノはスタインウェイのフルコン。高いやつだ。

 ★クエストホールのピアノ本番中に「 ナオミ」という名前をつけてやった。
今回のツアーのレパートリーである「美しい暮らし」のアレンジを
最終日で急遽、大幅に変えることにする。
ヤマサキくんとあやちゃんにはかなり無理をして当日リハーサルで
新アレンジを覚えてもらう。
すぐには覚えきれず何度も繰り返し練習する。
まあ、なんとかなるやろ。

★本番前、楽屋で打ち合わせ。
午後7時10分、開演。
席が埋まり切らなかったのは残念。けれどお客さんの雰囲気は良い。
ライブの流れも良い。
リクオの新たな側面もみせられたと思う。
「美しい暮らし」も今日が一番良かった。
アンコール、エンディングも決まった。
お客さんの笑顔がよくみえた。
いいライブだった。
新しいスタッフと一緒にチーム・リクオでライブにのぞめたのも嬉しかった。
さまざまな可能性がみえてきた。
だからこそ、まだまだこれからだと思った。
さらに欲がでてきたのだ。





渋谷で打ち上がった後、2次回はスタッフと下北へ。
丸テーブルを囲んで、皆、熱く語り会っているので、さすがにオレも
アホ話ができず、輪に加わる。
皆が、これからのことを話していた。
この出会いと熱を大事にしたいと思った。



 
 

2003年4月27日日曜日

2003年4月27日(日)

日中は久しぶりにのんびりと散歩。
至る所で若葉が元気よく萌えていた。
ツアー中は気付かなかった。
雲一つない快晴。
見上げれば東京の空も広し。

 ★茶店で一服。レモンティーとマロンケーキを注文。
 ★部屋の前のツツジが満開。

2003年4月26日土曜日

2003年4月26日(土)

今日も午後3時からヤマサキ・スタジオでプリ.プロ。
今日はあやちゃんがストリングス・アレンジで参加。
ヤマサキ宅前にチャリンコを止めたら部屋からあやちゃんの
速射砲トークが響き渡ってくる。
恐るべし玉城あや。
彼女が現場にいるとほんまにその場が明るすぎる程、明るく賑やかになる。
ステキ(テツヤ風表現)。

★プライベート.スタジオでプリ.プロ中のプロデューサーとあやちゃん。

今日も夜が明けるまで作業が続く。
部屋に戻っても寝つけず、朝8時頃まで鍵盤の前でアイデアを練る。

2003年4月25日金曜日

2003年4月25日(金)

午後3時からヤマサキ.スタジオで次作品に向けたプリ.プロを午前3時頃まで。
よう働くね。


★プライベート.スタジオで作業するヤマサキ氏。

2003年4月24日木曜日

2003年4月24日(木)

東京に戻る前に奈良の郡山で
男女2人組のボサノバ・グループ「ノマド」のレコーディングに一曲参加。
彼らとの交流は2年程前から。
大阪のライブでは今までに2度、オープニング・アクトをつとめてもらった。
良く晴れて風が心地よい日曜の昼下がりをイメージさせる、
リラックスした素敵な音を奏でる2人だ。
気持ちよくプレイさせてもらった。


★郡山のスタジオで。
まん中からノマドのけいこちゃん、中井くん。

帰りは一人。新大阪から「ひかり」に乗る。
10日振りの帰宅。
ぐったり。

2003年4月23日水曜日

2003年4月23日(水)大阪 バナナホール

リハーサル前に東通り界隈をぶらつく。
ますます風俗店が増殖
ツアーの疲れがたまっていて、体が重い。
食欲もなく楽屋の弁当を無理して食べようとするも残す。
本番までに1000円のユンケルを2本飲む。
お~、だんだん元気がでてきた。
よっしや、やるか。
今日は東京から照明の阿部ちゃんと、川井社長が合流。

★充実の物販物。売り子は神戸のユカちゃん。
地元大阪、やっぱり暖かいね。
MCはいつもより少なめ。行き当たりばったりではなく、ある程度計算された、
心憎いステージをイメージしていたんだが、どうだったか?
回りの評判もよかったし、いつもよりは完成度の高いショーをみせられたと思う。
今日のショーは照明の阿部ちゃんとPAの恭一さんの力も大きい。
今日は特に照明とのコラボレートについて色々と感じることが多かった。
回を重ねればもっと照明を意識した動きができるようになるだろう。
バナナホールのピアノとは学生時代からの長い付き合い。
相変わらずよく鳴ってくれる。
そのピアノに「ニーナ」という名前をつけた。
サンキュー、ニーナ!

★この瞬間に感謝
打ち上げでは、アホな会話と熱い会話が貴賎なく交錯。多いに盛り上がる。
皆の嬉しそうな顔が嬉しい。
目の前でいっしょに騒いでいる人達の半数以上が、
1年前には顔も名前も知らなかった人達。
それが今やこんな濃い関係になっていたりして、少し不思議な感じ。
感謝。
みんなとずっと関わってゆけるよう、ステップ.アップせんとね。
 

 

2003年4月22日火曜日

2003年4月22日(火)名古屋 得三 晴天

入り時間の午後2時まで今池にあるレトロな喫茶店で時間を過ごす。
オレって茶店好き。こうゆう、ゆったりとした時間がないとね。
ヤマサキくん、ヴァイオリンのあやちゃん、PAの恭一さんと得三で合流。
東名阪のライブは他とは別メニュー。
オレは弾き語りのライブでは曲順も適当で、本番の思い付きと現場処理に任せる部分
が多いのだが、今回は曲順、構成をきっちり決めてのぞむ。
ライブ前リハーサルはいつもより入念にやる。 


★名古屋のイヴェンター、ジェイルウハウスの小早川さん。
上田馬之助を意識してポーズ。

今日はなぜか本番頭からハイ.テンションのオレ。
楽屋で交わしたあやちゃんとの会話が原因か?内容は内緒。
テツヤもいきなり音でか!
あやちゃんはヴァイオリン以外にも数曲でグロッケンを叩く。
これがかなり効果的。
いつもより趣向をこらした盛り沢山のライブ。

★PAの佐藤恭一
2度めのアンコールではアコーディオンを持って登場。
盛り上がったね。
サンキュー、名古屋。
ライブの後、サインをしに客席に降りて行く。
そこで、昔からオレのライブに足を運んでくれているYさん夫妻と、
彼らの一人息子、陸雄(りくお)君に再会。
お~、またでかくなったな陸雄。

得三はライブの後も飲み屋として午前4時まで営業している。
この日も多くのお客さんが残って、ライブの余韻をあてに酒を飲み、
会話を楽しんでいた。
こういう雰囲気、大好き。理想のライブハウス。
得三で打ち上がって、午前1時頃大阪に向けて出発。
4時前に大阪着。さすがに皆、ぐったり。

ネット情報でニーナ.シモンが亡くなったことを知る。

 

2003年4月21日月曜日

2003年4月21日(月)

★左からパーソナリティーのブッチさん、斉藤さん。
ブツチさんとは先月、深酒した仲。

ラジオ出演の後、近くの柳橋連合市場をBEAの森さん、二郎さん、トッチーと散歩。  
★柳橋市場にて。
★柳橋市場にて。これ全部、鯨。 
市場近くの食堂で昼食をすまして、3時前に福岡出発。
★本日の昼食。
ところてん、味噌汁、ひじき、あじの塩焼き、サラダ、とんかつ、
これにコーヒーがついてなんと600円。

 車中、本を読んだり、パソコンやったりしている内に車酔い。
カーステで音楽聴くのは好き。
部屋で聴いていてピンとこなかったものが凄く良く聴こえたりする。
今日、カーステで聴いたギル・スコット・ヘロンと
ロニー・リストン・スミスがとても良かった。
午後11時半頃、やっと名古屋到着。


 

2003年4月20日日曜日

2003年4月20日(日)福岡 百年蔵

リハーサルまで時間があったので天神界隈をぶらつく。
地元の人に聞けば、博多も景気はよくないという答えが帰ってくるけれど、
全国を回って、自分が知る限り、博多は今でも
日本の中で最も活気にあふれ賑わいのある街の一つだと思う。
昼食後にカメラ屋でデジカメを物色。
3倍ズーム、322万画素のコンパクトなデジカメを買う。
初のマイ・デジ、ゲット!

午後四時頃、会場入り。
百年蔵は現在も営業中の酒屋さんが酒蔵をイベント・スペースとして
提供してくれているのだ。これがほんまにいい雰囲気。
オレが大変お世話になっている地元京都のライブ.ハウス拾得、
磔磔も酒蔵だったスペースを改造して使っている。
だから余計に親しみと懐かしさを感じるのだろう。 


★百年蔵にて、酒樽の前で。
 ★百年蔵にて。
 ★リハーサルの後、再び入念な調律。
 ★本番スタート。 

博多でのライブは久しぶり。
3曲目、「マウンテン.バイク」ではお客さんが「フゥ~!」の合唱。
覚えてくれてたんや。嬉しいね。
今日もいい音。
ピアノには「祐子」という名前をつけてやった。  

★打ち上げ。 

2003年4月18日金曜日

2003年4月18日(金)広島 クラブクアトロ

またも快晴。汗ばむ陽気。
高速道路のパーキングで。左からトッチー戸塚、オレ、二郎さん。
クアトロでヤマサキくんと合流。
今日のピアノはよく鳴った。全体的に音がよく非常にやりやすかった。

本番開始

本番中にピアノに名前をつけてやった。並木通りにあるから「並子」。 ヤマサキくんも気持ちよさそうにプレイしていた。 クアトロ規模のスペースになってくるとお店のスタッフの顔が 見えにくくなりがちな のだが、広島クアトロは別。 ここのスタッフはモチベーションを高く持って仕事して くれているのがリハーサルの段階から伝わってくる。
照明のカシワラ君は前日のライブが終わった後から今日のライブのための仕込みを色々と思案しながらやってくれて いたそう。 オレのミラーボール好きもバッチリ理解してくれていた。 ブッキング・マネージャーの柿原さんとは彼が名古屋のクアトロにいた6年程前からの付き合い。彼とはいつも楽しく音楽の話ができる。打ち上げには柿原さん他クアトロのスタッフも参加してお好み村で盛り上がる。 酔った。 

 

2003年4月17日木曜日

2003年4月17日(木)岡山 MO:GLA

本日も快晴。 午後1時頃、岡山着。
リハーサルまで時間があったので日本の3大名園の中に数えられる後楽園と岡山城を 観光する。 


後楽園にて。 
後楽園の売店前にて。 

今 日のライブでお世話になる夢番地の坊ちゃん(坊西智子さん)とは彼女がコミュニ ティーFMで働いていた7年程前からの付き合い。岡山でライブをやるときはいつもボランティアで物販などを手伝ってくれていたのだ。今回、やっと正式な仕 事として関わってもらえたのが嬉しい。今日はアンコールで調子に乗ってピアノから離れダンスを披露。 
 
 

 ステージから客席を撮影。

2003年4月16日水曜日

2003年4月16日(水)京都 磔磔

雲一つない快晴。
午前9時からFM802ヒロTさんがパーソナリティーの番組に川村結花さんと一緒にゲスト出演。

その後、心斎橋界隈のCDショップを3軒挨拶回りしてから京都へ向かう。

今日は磔磔の29周年を祝うイヴェントに川村結花さんとのジョイントで出演。
磔磔はアマチュアだった学生の頃からお世話になっているお店で、大学卒業後しばらくはバイトさせてもらっていたこともある。おそらく最もたくさんのライブをやって、最もたくさんのライブを観た場所だと思う。
今でも磔磔の扉を開ける時は少しどきどきする。
最近は川村さんと共演させてもらう機会が多い。同じピアノ弾き語りシンガーとして色々刺激をもらっている。
昨年末、札幌での川村さんのライブにゲスト出演させてもらったときに、2台のピアノを向かい合わせに並べて、川村さんが作曲してスマップが大ヒットさせた名曲「夜空ノムコウ」を共演させてもらった。その時の音源が先月発売されたばかりの川村さんのニュー.アルバム(とてもいいです。)に収録されている。ほんまに光栄。
今日のステージはそれぞれのソロ.コーナーに加えて二人のセッションも6曲やる。
川村さんがオレのオリジナルである「風の声」と「空と祈り」にピアノと歌で参加してくれたのだが、これがほんまに新鮮でよかった。特に「風の声」は川村さんの歌と新たなピアノ.アレンジで曲が生まれ変わったような印象。
本編の最後は「夜空ノムコウ」でしめる。
アンコールは「I SHALL BE RELEASED」を二人で演奏。これで終わる予定が2度目のアンコールが鳴りやまず、再びステージへ。「メロディー」を二人で演奏。最後は客席も大合唱。お客さんの雰囲気も最高で、とてもいいライブになった。

今日、嬉しかったことがもう一つ。
磔磔のマスター水島さんは自らもバンド.マンとしてドラムを叩いていたのだが、一昨年末に生死をさまよう大病を患い、仕事復帰後もスティックは持てない状態が続いていた。それがとうとう先日、ドラマーとしてステージに復帰したとのこと。その話をとても嬉しそうに聞かせてくれる水島さんをみていて、ほんまによかったな~と思った。
 

2003年4月15日火曜日

2003年4月15日(火)

今日も午後1時より吉祥寺でリハーサル。
リハの後、旅の荷物をとりに自宅へ戻ってから、トッチー、二郎さんと一緒にワゴン車で大阪に向かう。
今回のツアーは23日のバナナホールまで車移動。オレは後部座席で寝てばかり。
午後1時頃、大阪の宿泊先に到着。

2003年4月14日月曜日

2003年4月14日(月)

午後1時より吉祥寺で東名阪ツアーに向けたリハーサルをやる。ヤマサキ君(パーカッション)、あやちゃん(ヴァイオリン)、阿部ちゃん(照明)、恭一さん(PA)らが参加。
この3本のツアーでは特別メニューで臨むため、色々とアイデアを出し合い、試行錯誤を繰り返す。
東名阪ツアーでのみ使用予定の楽器も数曲ためしてみる。これがええ感じ。

2003年4月5日土曜日

2003年4月5日(土)

ホテルで目をさましたらえらい二日酔い。花粉症に酒はまずかったか。
しかも昨日の打ち上げ2軒めぐらいから、酔って何をしゃべっていたのかよく思い出せない。
ホテルを出たら外は雨で、えらい寒い。しかも帰りの新幹線の車内も寒い。東京についたらさらに寒かった。どないなっとんねん。背筋を曲げてこごえながら部屋にもどる。ぐったり。
今日はボニー.ピンクのライブを観に行くつもりだったのだが、やめてしまう。

2003年4月3日木曜日

2003年4月3日(木)

一昨日、大阪FM802の岩尾さんから仕事の依頼がきた。
何でも2003年4月7日は鉄腕アトムが生まれた日で、その日は802でも一日アトム特集を組むそう。そこで佐野元春さんがアトムに寄せた詩にピアノの伴 奏をつけてほしいとのこと。番組の中で802のDJの人達が録音されたオレのピアノをバックに佐野さんの詩を朗読するのだそう。急な依頼だが、光栄なので 引き受ける。
保育園に通っていた頃によくアトムの紙芝居をやってもらった記憶がある。それはアトムの生い立ちを綴ったストーリーだった。人間の都合で造られたのに、結 局、人間ではないからと生みの親から虐待をうけ、あげくの果てにサーカスに売り飛ばされてしまうというとにかく暗い内容だった。だからその後、テレビ.ア ニメでアトムが人間のために大活躍するさまをみても、アトムの暗い生い立ちを思い出してしまい、どうももやもやした気分が残った。アトムがトラウマを抱え て無理をしているような痛々しさを子供心に感じていたのかもしれない。
午後から知り合いのスタジオを借りて、アトムのオリジナル.テーマ曲を元にアレンジしたナンバーを録音。忙しい中、乗り気でやれた。
しかし花粉症がひどくて一日中目がショボショボ。

2003年4月2日水曜日

2003年4月2日(水)

夜の6時から事務所でミーティング。
ウィルパワーレコードに新しいスタッフが一人加わることになる。
ミーティングは11時過ぎまで続いた。