2003年10月29日水曜日

2003年10月29日(水)

快晴。今日は高尾山に行く。
山のふもとからケーブルカーに乗ってオープンしたばかりのサル山へ行って、しばらくサル達を眺める。
いい景色、おいしい空気、そしていい香り。

★ 高尾山さるえんの猿。
★高尾山駅近くの蕎麦屋で撮影。


2003年10月28日火曜日

2003年10月28日(火)

旧知のカメラマンが参加している写真展を観に銀座まで出かける。
生憎の雨。
銀座は渋谷なんかに比べると、落ち着きがあって、街並に歴史と味わいが感じられる。歩いていても楽しめる。
写真展を観た後、池波正太郎著「東京のうまいもの」に乗っていた煉瓦亭と千疋屋というお店を探すも煉瓦亭は夕方4時40分まで休業、千疋屋はお店事体がなくなっていた。残念。
喫茶店で休憩してから山野楽器でCDをたくさん買う。

2003年10月26日日曜日

2003年10月26日(日)北見 夕焼け祭り

北見 夕焼け祭り
今日も快晴。
宿泊先のホテル「緑館」のチェック.アウトを午後2時までのばしてもらい、その間、ホテルの温泉にゆっくりつかり、自転車をレンタルして近くの漁港を散歩したりする。

★ 緑館の露天風呂。サロマ湖を眺めながら湯につかる。
★ 緑館の近くの漁港で撮影。
今日もこまさんが北見まで車で送ってくれる。北見に向かう途中の峠の景色が素晴らしいので、車を止めてもらい、しばらく眺める。
夕方5時頃に、北見到着。冷える。東京の真冬くらいの寒さ。
夜8時からオープニングアクトの藤田貴光くんのステージが始まる。
出番前に客席をのぞく。空席だらけ。
 正直、がっかり。
気を取り直せ、と自分に言い聞かせて、ステージへ。
少ないながらも、集まってくれたお客さんが熱くオレを迎え入れてくれた。
この気持ちに応えられなければ、自分は終わりだ。
少し、おおげさかもしれないが、そんな気持ちになった。それぐらい、やる気にもなったし、追い込まれた。
心と身体が一つになってゆく。体中に響き渡る実感。
痛くなるんじゃないかというくらいに皆がよく手を叩いてくれた。マスターの池本さんはブースで終始体を揺らしながらPAと照明をやってくれた。藤田君との セッションも最高だった。そこにいた皆が熱かった。ここじゃないどこかではなく、今この場所にパラダイスがあると感じた。
今夜のライブは興業としては失敗だ。数字を無視することはできない。
けれど、数字に縛られたりはしない。
今回の北海道ツアー、本当にさまざまなことを感じさせてもらった。
心身が充電されたように思う。やはり旅はいい。

2003年10月25日土曜日

2003年10月25日(土)佐呂間 日本キリスト教会佐呂間伝道所

旭川からJRに乗り、遠軽で下車。今日のライブを企画してくれたこまさんが車で駅
まで迎えに来てくれる。
旭川は曇り空だったけれど、こっちは快晴。
佐呂間に到着するまでの1時間弱、目に写る自然に心がなごむ。
何度もデジカメのシャッターを切る。


★ 佐呂間に向かう移動の車の中から撮影。
★ライブ会場である教会近くの牧場で。
ライブ会場である教会に着いてすぐに目に入ったのがエレキピアノの横に用意されたミラーボール。オレのミラ-ボ-ル好きを知って、こまさんがわざわざ北見まで行ってレンタルしてきてくれたそう。
リハ-サル中にミラーボールの置き場所や照明の当て方などスタッフの人達といっしょに色々と工夫する。 ミラーボールを作動させるスイッチはステ-ジ上の自分の手許に置く。
★ミラーボールと共に記念撮影。 
今日のライブに至るまでのこまさん始め地元のスタッフの人達の熱い思いをひしひしと感じながら本番を迎える。
子供からおじさん、おばさんまで、客層はさまざま。客層の幅広さは地方ライブの特色の一つ。
教会にミラーボール。素晴らしい組み合わせ。いつも以上に聖と俗を行き来するようなライブ。
普段は牧師さんがいるべき場所に自分がたったせいか、説教臭いしゃべりが増えた気がする。何かを語りたくなるのだ。
ステージ後半、石原裕次郎の「夜霧よ今夜もありがとう」でミラーボールのスイッチを入れる。光の泡が場内を駆け巡る。とても美しい光景だった。
ミラーボールを回したまま、続けて「雨に濡れたい」を演奏。少し背徳的な気分。
今日も五島良子さんの「名もないピアス」をやってみる。歌は祈り。はまった。
ライブは自分一人では決して成り立ない。そこがいい。集まったさまざまな想いを皆で結晶化させてゆく作業は素晴らしい。今夜もそう実感させてもらった。
感謝。
 

2003年10月24日金曜日

2003年10月24日(金)旭川 モケラ.モケラ

今日のライブは始めての場所。去年、ライブでお世話になったお店「らいる」の松下さんの紹介である。
モケラ.モケラは普段はカフェ&ギャラリー。画家でもある板谷さんと奥さんが1年数カ月前にオープンしたスペース。旭川駅から車で30分ほどの町外れにある。
店内にはカワイのグランド.ピアノが置いてあって、店の雰囲気によく調和していた。壁には画家でもある御主人のサトシさんの絵が飾られている。
カフェの2階はアトリエになっていて、これがまたとてもよいおもむき。
カフェの奥にはゆったりとくつろげるキッチンとリヴィングがある。建物の設計が素晴らしい。
品があって、洒落ていて、かた苦しくなく、くつろげるスペース。こんな所に住みたいなと思った。

★ 本番前の会場。
★壁に飾られた板谷さんの作品 
板谷夫妻はとても感じのよい、穏やかな御夫婦だった。娘のありさちゃん、犬1匹、猫三匹と一緒に余裕をもって、自分達の好きな暮らしを続けておられるのが自然に伝わってきた。
今の自分の暮らしに足りない豊かさがここにあるように思えた。
今回のライブでは、らいるの松下夫妻、千景ちゃんに色々と裏方でサポートしてもらった。本当にありがたい。
ライブは大成功だった。カワイのグランド.ピアノの音も素晴らしかった。皆とても喜んでくれた。
打ち上げの時に、大学時代の軽音楽部の同級生、曽我部がひょっこりと顔を出したので驚いた。なんと彼はモケラ.モケラのすぐ近所に住んでいるとのこと。多 分、14、5年振りの再会。オレの今の活動をとても喜んでくれている様子。北海道で知り合った今の奥さんも、たまたまオレのファンなのだそうだ。今日は仕 事でどうしても本番に間に合わなかったとのこと。せっかく会いに来てくれたのだから、彼のためにも打ち上げで3曲演奏する。

2003年10月23日木曜日

2003年10月23日(木)札幌 三角山カフェ

時間があるので、札幌入りする前に、小樽で温泉に行く。
フェリ-乗り場になっているターミナル.ビルの5Fにある温泉。ほとんど客がおらず、貸しきり状態。日本海を見下ろしながら、ゆっくりと湯につかり、サウナでたっぷり汗をながす。だいぶ酒が抜ける。
ツアーに出てから五感がよく働く。移動とライブの繰り返しの中で、身体全体を使いながら、毎日違った風景に巡り会うからだと思う。旅に出て、心に隙間ができたことも大きい。その隙間からソウルが入り込んでくるのだ。
ツアー前には、余裕をなくし、頭の一部分ばかりを働かせて、一つのことに執着し過ぎていたようだ。
中には単調なツアーというのもあるけれど、それは何も見ていない、触れていない、 感じていないからであって、本来の意味での旅ではない。
今日のライブを主催してくれた三角山放送局は世界で最もリクオの曲をオンエアーしてくれるFM局である。スタッフ全員の顔がよく見えて、毎回本当に気持ちよくライブをやらせてくれる。感謝。
客席最前列の女の子の笑顔がとても印象に残った。身体全体からエネルギーがあふれ出ている。力をもらった。

2003年10月22日水曜日

2003年10月22日(水)小樽 すかんぽ

豪雨の中、苫小牧を後にする。
小樽に向かう汽車の中で、また物思い。
なぜか自分の書いた詞が色々と思い浮かんでくる。「なんだ、そういうことか」と自分の言葉に教えられる。気付いていたはずのことを、忘れてしまっている。 自分の歌を噛みしめ直そうと思った。小樽についたら晴れ間がのぞきはじめる。自分の心を映すような不安定な空模様。8ヶ月振りの「すかんぽ」は外装が変 わって、明るいブルーを基調としたペインテイィングが新たにほどこされていた。
お店に入って、マスターのきんさん、奥さんのゆみこさん、PAのほっちょさん、えりちゃんと再会。皆、元気そう。

★ リハーサル前に撮影。
リハーサルの後、いったんホテルに戻って、開演直前にお店に戻ったら、客席はぎっしり。嬉しいな。 いいライブが出来た。今日のアンコールで歌った「名もないピアス」が今までで一 番うまく歌えた。歌い続ければうまくなるものだなと実感。
2月のライブに続いて、打ち上げの盛り上がりも凄かった。泥酔した。
打ち上げに参加した人達と話をしてみると、旅で小樽にやって来て、この街が好きになり、居着いたり、通ったりしている人が何人もいた。
マスターもその内の一人だ。打ち上げの途中で五島さんの「名もないピアス」がBGMで流れる。実はマスターは五島さんのファンで、この曲が大好きだったそう。知らなかった。歌ってよかった。
嬉しかったので、すぐ五島さんの携帯にメッセージを入れておく。

2003年10月21日火曜日

2003年10月21日((火)苫小牧 アミダ様

北海道6箇所ツアー初日。
色々あって、不安定な心持ちのまま北海道入り。今回も一人旅である。
千歳空港からバスに乗り、北海道の自然を眺めながら苫小牧へ。
このあたりは紅葉真っ盛り。目に写る景色何もかもが物悲しく感じられた。
いにしえの旅芸人や各地を巡礼する僧侶と自分を重ね合わせてみたりしながら、しばし物思いに耽る。
苫小牧に着く頃には雲が晴れて快晴になる。ホテルにチェックインしたらすぐに街を散歩する。
シャッターの降りた店、少ない人通り。取り残されたような町。けれどそれが心地
良くもある。澄んだ青空をながめながらも、心は空(くう)になりきれない。浮雲のように定まらない心。散歩の途中で今日のライブ会場であるアミダ様の前に来たら、2階にあるお店の窓からマスターのつるさんが顔をのぞかせた。
「つるさん!」と声をかけたら、無表情に手を振ってこたえてくれた。約束していた入り時間まで、まだ時間がたっぷりあったけれど、店に入って、つるさんと 二人で雑談する。アイヌのことについて、各地の食文化について、大道芸人ギリヤーク尼崎さんのことについて、俵万智の妊娠問題について等、とりとめなく色 んな話をする。つるさんが少しだけ身の上を話してくれる。旭川生まれであること、バツイチであることなど始めて知る。
「この街には誰もいないから楽だよ」
そう語るつるさんの孤独が今日の自分には心地よい。

★ カウンター の中のツルさん。
ライブが終わったら、つるさんから「君の歌は孤独と鬱の歌ばっかりなんだね」と言われる。打ち上げで街のCDショップで働くSさんから「リクオのような旅暮しは男の憧れだ」と言われる。いつも以上に自分と見つめあう旅になりそうだ
 

2003年10月12日日曜日

2003年10月12日(日)豊橋 ハウス.オブ.クレイジー VS有山じゅんじ

昨日のイヴェントの主催者である岡田くんが四日市駅まで車で送ってくれる。別れ際に「リクオさんの歌にはいつも助けられているので、これからも応援します」と言われる。心のこもった言葉だった。
★ 駅のプラットホームで撮影。オレの旅行鞄と岡田君がくれた帽子。
今日は前から楽し みにしていた有山さんとの久し振りの共演である。多分、7年振りぐらいか。有山さんは自分にとって、師匠のような存在。デビュ-前から大変お世話になっ た。CDデビュ-前後に、有山さんによく連れていってもらった地方ツアーは、自分が音楽活動をしてゆく上で、重要な原体験の一つになっていると思う。
リハーサルで久し振りに有山さんの曲をセッションしてみたら、同じ曲でもキーやアレンジが変わっていて、7年の歳月を感じた。
今日は立ち見が出る盛況。オレと有山さんが久し振りに共演するということで、遠方から観にきてくれたお客さんもいたようだ。
まずオレがソロで50分のステージ。客席の期待と熱気に煽られて、いいパフォーマンスができた。
有山さんのステージは客席から缶ビ-ル片手に観る。
PAの音量は極力押さえられ、柔らかく、奥行きのある心地よいサウンド。ギターのリズムと音色が素晴らしい。
有山さんがそこにいるだけで、音を出さずとも音が聴こえる。存在そのものが音楽になっている。そして、奏でられる音は、有山さんそのものだ。
聴いていて、観ていて、楽になる。こんな人がいてくれてよかった。その場にいた多くの人がそう感じていたのではないだろうか。
有山さんのステージの後半で演奏に参加。5、6曲セッションする。懐かしさ以上に新鮮な音合わせであった。
久し振りに有山さんを実感できて本当によかった。そこにいた人達皆が二人の共演を喜んでくれたような気がした。  
★ ライブ後、有山さんと。
 

2003年10月11日土曜日

2003年10月11日(土)四日市 CKAOS

四日市のブティック「HIOC」の6周年記念イヴェントに呼んでもらう。HIOCを主催する岡田くんとは3年程前からの知り合い。
DJタイムあり、スカコア.バンドあり、ペインテイングありとバラエティーに富んだ内容。 出番は午後10時前。HIOCのオリジナル.デザインのTシャツを着てステージへ。予想より反応が鈍く、結構苦戦する。
イヴェントは夜中2時まで続く。自分の出番の後は四日市の知り合い何人かで別の店で飲む。四日市はデビュ-前からライブで来ていて、馴染みが深く、知り合いも多いのだ。

2003年10月10日金曜日

2003年10月10日(金)

今日は外村家宅に泊めてもらい、伊勢で一日ゆっくりする。
日中は自転車を借りて町を走る。伊勢神宮にも参拝する。
夜は外村一家と豆腐料理の店へ。安くて美味しかった。

★ 伊勢神宮にて撮影。
★昼食は伊勢名物ぶっかけうどん。太くて弾力のある麺でした。

2003年10月8日水曜日

2003年10月8日(水)

芝浦にある東芝のスタジオで広沢タダシ君のレコーデイングに参加。
ヴァイオリンで亜弥ちゃんも参加。
友達ミュージシャンを集めて、既発曲をアンプラグドスタイルで再録するという企
画だそう。オレは「手のなる方へ」「喜びの歌」の2曲でピアノを弾く。
プリプロはなく、その日にアレンジから練ってゆく録音だったので、予想以上に時間
がかかったけれど、やりがいのある楽しい仕事だった。
広沢くんがこの企画に自分を誘ってくれたのが嬉しい。


★スタジオで広沢くんと。
★スタジオであやちゃんと。

2003年10月8日(木)伊勢 カップジュビ-

1年4ヶ月振り伊勢。
カップジュビーのマスター外村とは学生時代からの音楽仲間で、いっしょにバンドをやっていた。彼がギターとヴォーカルで、オレはキーボードを担当していた。外村から受けた音楽的影響は大きい。
出会ったその日に彼の下宿に遊びに行き、貸してもらったLPレコードが、ニューオリンズ.ピアノの巨匠、ドクタージョンの「ガンボ」だった。このアルバムは自分のピアノ.スタイルに多大な影響を与えた。
学生時代は、多くの音楽仲間が彼の下宿に集まって、酒をあてに、たくさんのレコードを聴いた。彼からは素晴らしい音楽を色々と教えてもらった。
濃密な時間をいっしょに過ごした仲間が、地元に戻って、お店をオープンし、そこに自分が歌いにやって来るというのは、やはり感慨がある。
ライブはまず外村が45分程歌う。彼は今もシンガーソングライターとして地元や京都を中心にマイペースな活動を続けているのだ。
カウンターの奥から彼のステージを観る。ブルースに憧れ続けて来た少年がブルースマンになって歌っていた。
自分のステージは外村ワールドに影響されて、いつもより感傷的になった。
ライブには大学時代の先輩であるMさんが大阪から遊びに来て、打ち上げにも参加し
てくれた。
皆でよく語り合い、旧交を暖めた。