2006年1月9日月曜日

1/09 (月)

埼玉県川越 鶴川座創奏
「roots」Vol.01~END TO START~さよなら鶴川座ライブ~
出演者:リクオ/三宅伸治/寺岡呼人/アナム&マキ/広沢タダシ/町田直隆(ex.BUNGEE JUMP FESTIVAL)
  今日も晴れた。
 自分にとっては鶴川座ラストステージ。
 昨日に続いて席が埋まっているのが嬉しい。創奏の歴史は短いけれど、お客さんも、スタッフも出演者も、皆それぞれが思い入れを持ってこの場に集まった。 
  創奏という名前は三宅さんのモジョクラブ時代のオリジナル曲「SOSO」からきている。酒井君がまだ10代の頃、当時ジュンスカイウォーカーズのメンバー だった呼人君が、この曲をライブでカヴァーしていたのを聴いて知り、大好きになったのだそう。この日、呼人君と三宅さんが二人で演奏した「SOSO」はと てもよかった。鶴川座創奏は場所を変え、「SO-SO」として新しいスタートを切ることになった。
 オープニングアクトはつとめた小池コータロー 君は、「ROLLING SINGERS REVIEW」に続いて、舞台回りを手伝うボランティアスタッフとしても両日参加。彼は長野県茅野市で「くるみ」という喫茶レストランを家族でやってい て、オレは2度ライブをやらせてもらっている。
 コータロー君一家は、亡くなられたシンガーソングライターの西岡恭三さんとの交流が深かったそ う。彼は、中学生の時に、プチ家出をして、恭三さんの自宅を尋ねたことがあるそうだ。そんなコータロー君を恭三さんは、快く迎え入れ、しばらく家に居候さ せてくれたそう。驚いたことに、酒井君達が鶴川座閉館の後にオープンさせようとしているお店は、当時の恭三さんの自宅の隣に位置しているそう。本当に不思 議な偶然。
 コータロー君のステージを観て、恭三さんからの影響をすぐに感じた。ただ上辺のスタイルを真似るだけでなく恭三さんのハートをコピーしているのが伝わった。ステージ上のコータロー君を観ているうちに、恭三さんの姿、歌声がとてもリアルに思い出されてきて、少し驚いた。
 楽屋に響いてくる町田君の歌声は熱く、どこか懐かしかった。体調不良の中での熱演だった。
 アナム&マキの二人とは1曲一緒にやらせてもらう。二人に初めて出会ったのが、彼女達がまだ高校生の頃。当時はかわいいという印象。今はむちゃかっこええ。弾けたセッションができた。
  広沢君のステージからは、みなぎるパワーを感じた。去年の春に、彼から相談に乗ってほしいとの電話があったので、下北に連れ出して、3軒ハシゴした。実は 彼は飲めないのだが、オレばかりが飲んで酔っぱらってしまった。この1年、色々あったのだろうけれど、今は本当にいい感じ。新作を録音中とのこと。
 三宅さんとは友部さんのナンバー「はじめ僕はひとりだった」をセッションした。いい会話ができた。楽屋でもたくさん話をした。ツアー先で、三宅さんの話をよく聞くのだが、三宅さんもツアー先で、オレの話をよく聞くそう。
 前日もこの日も、ステージで行われた出演者同士のセッションの多くは、楽屋での打ち合わせのみで行われた。楽屋から音楽が生まれるのは素敵だ。
 自分のステージの最後は自分と鶴川座をつなげてくれた曲「ケサラ」でしめた。いつもとは違う曲のエンディング。
  アンコールは全員で、ディラン作、ザ.バンドの演奏でも知られる「I shall be released」を友部正人さんの訳詞で演奏する。このヴァージョンは約15年前に発表された友部さんのアルバム「少年とライオン」に収録されていて、 オレがアレンジとピアノで、三宅さんがやっていたモジョクラブがバンドで参加している。呼人くんもライブで演奏することがあるようだ。「roots」とい うタイトルにふさわしいラスト曲だったと思う。
 酒井君はずっと舞台袖に立って、ライブを観続けていた。
 打ち上げでは酒井くんとさっ ちゃんが身を削った笑い話を色々と披露して、場を盛り上げてくれた。酒井君は以前、山口洋から、笑いが足りないと言われたのを随分と気にしていたけれど、 この日は十分面白かった。悲劇も時間を置いたり、視点を変えれば喜劇になる。酒井くんにも、さっちゃんにも、オレにも、これからも色々なことが降りかかっ てくるに決まってるけど、それだけネタが増えて行くということだ。
 いい締めくくりができたんじゃないだろうか。ありがとう鶴川座。
★楽屋で打ち合わせ中のアナム&マキと広沢君。
★楽屋で打ち合わせ中の呼人くんと三宅氏。

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