2007年8月30日木曜日

祝レベナック6周年!

福岡県小倉 kokura Fuse
Rebennack 6thAnniversary~New Orleans Nights~
【出演】リクオ/三宅伸治/伊東ミキオ/BlackBottomBrassBand
 レベナックの6周年記念イベントということで、お店に縁の深い4組のアーティストが集合。皆、馴染みの顔。もちろんセッションも盛りだくさん。このメンツで盛り上がらないわけがないけれど、それにしてもこの日の客席のリアクションはこちらの予想をこえて凄かった。
 長丁場のスタンディング.ライブにもかかわらず、客席もステージも最後まで盛り上がりっぱなし。客席がヒートする程、クールに楽になれて、集中力が増してゆく感じ。そうするとさらに一体感が増し、盛り上がってゆくという理想的な好循環。
 ミッキーともダブル.ピアノで4曲セッション。彼とセッションすると「ロケンロールって大発明やなあ」ということにあらためて気付かされる。ごくシンプルな展開、乗り、制約の中で、どこまでも自由に、開放されてゆく感じ。
 「ロケンロールを生み出したのはピアノである」という忘れられがちな事実をミッキーのピアノは教えてくれる。来月からのツアーが楽しみ。彼との2人のツアーというのも今後そうそう実現する機会はないだろうから、一期一会の気持ちで思いっきり弾けるつもり。
 三宅さんとは友部正人さんの「はじめ僕は1人だった」をセッション。1曲の中で、実に濃密で意義深い会話が出来た気がする。2人の距離がぐっと縮まった感じ。
 BBBBの連中は相変わらず最高。彼らのオープン.マインドが皆を幸せにする。
 中島君、6周年おめでとう。10周年、20周年をめざそう!
★楽屋でセッションのリハーサル。
★アンコールでレベナックの中島君が挨拶。

2007年8月28日火曜日

元気そうでよかった。

佐賀県 唐津 リキハウス 
  ツアー暮らしが長くなって、各地に知り合いが増えて来ると、彼らに会いに行くためにツアーしてるような気持ちにもなってくる。この日の唐津も、そんな感 じ。スケジュールを考えればきつくて、無理してブッキングすることもないのだが、やはり年に1度はママのちえさんや稲葉さんの顔を見ておきたい。
 お店のスタッフで、シンガーソングライターでもある稲葉さんはついにスキンヘッドに変身。似合ってまっせ。ママのちえさん、相変わらずかわいい(年上の女性に失礼かな)。
 この場所で、このお客さん達の前で、こんな気分で、こんな夜だから、この歌を歌いたい、こんな風に演奏したい。そういう気持ちにさせるお店は素敵である。
 リキハウス、また戻って来ます。

2007年8月24日金曜日

西荻で騒ぐ

西荻窪 CLOP CLOP
『地味な夜vol.5』
【出演】ワタナベマモル
ゲスト:リクオ/ランブリンアラタwithジョニー
  ワタナベマモル君のライブ.イベントに呼んでもらい西荻窪へ。はじめて訪れたCLOP CLOPはライブハウスというよりもブルースバーといった佇まい。16年間も続いているお店なんだそう。マスターのタカさんは、18年程前に高円寺のライ ブハウスJIROKICHIで働いていたことがあって、そのときにオレのライブを観ていて、話もしていたそう。JIROKICHIは自分が東京ではじめて ライブをやらしてもらったライブハウス。そのときにサックス奏者の梅津和時さんと出会ったのがきっかけで、梅津さんのプロデュースでワーナーからデビュー することになったのだ。
 マモル君とは多分、8、9年振りくらいの再会。以前と印象が全然変わらない。彼も元気にツアー暮らしを続けているようだ。最近、同世代との再会が多いなあ。当日リハーサルで2曲セッションすることにする。

  リハの後に西荻の街をぶらぶらしていたら、道ばたで偶然シンガーソングライターのエビちゃん(海老原タケオ)とバッタリ。エビちゃんとは6年前に熊本で出 会った。彼はその後すぐに上京してきて、しばらくオレのローディーをやってくれていたこともあったけれど、最近は年に数度メールをくれるくらいで、ほとん ど会う機会がなかった。今は西荻界隈に住んでいるんだそう。せっかくだから、ライブに誘ったら観に来てくれた。

 この日のもう一人のゲス トのアラタ君とジョニー君はまだ20代前半。ジョニー君は滋賀からやってきた盲目のピアニスト。ジェリー.リー.ルイスやレイ.チャールズが好きだという だけあって、ブルース、R&Rマナーにそったピアノプレイ。ある種のフィーリングをつかんでる。今後が楽しみ。アラタ君もブルース.マナーに沿っ たオリジナルを披露。ブルースハープもいい感じ。しかし2人とも若いのに渋い音楽やってんなあ。みたいなことを、自分も若い頃に言われたなあ。

 マモル君のステージを観たのは多分8、9年振りくらい。ルックスも、たたずまいも、乗りも、歌詞も、サウンドも、基本的に以前とほとんど変わらないまま、よりたくましくなったという印象。ある部分でうまくなることを拒否して、初期衝動のまま演り続けている感じ。
  マモル君に比べると、自分はいろんな面でうまくなった。その分、失ったものもあるだろう。もう昔みたいには演れないし、やりたいとも思わない。もっとスキ ルアップして洗練の先の粗野をめざしたい。やり方が違うだけで、目指すところは、自分もマモル君もそんなに変わらないのかも。
 こういうバーだから、猥雑に盛り上がるつもりでいたのだが、客席が意外に猫被ってる感じ。お客さんももっと自分を演出して楽しめばいいのに。
 アンコールでマモル君とセッションして、それなりに盛り上がったのだけれど、なんだかやりたりない気がして、人のイベントなのに、ライブ直後に勝手に、もう1ステージやることを客席に提案する。CLOP CLOPみないな空間はそういう乗りもありでしょ。
  もう1ステージ観たいお客さんは、さらに1ドリンク以上注文することを条件に、しばらく休憩してアルコールを補充してから、ライブ再開。アラタもジョニー も演奏し足りない感じだし、遊びにきたエビちゃんも歌いたいだろうから、みんなそれぞれステージに上げて、ソロあり、セッションありで盛り上がる。そうそ う、この感じ。客席もステージも多いに弾ける。久し振りにエビちゃんの弾き語りを聴いたけど、余裕が持てるようになって色気が出てきたなあ。
 弾いて、歌って、飲んで、騒いで、夜が開けて、千鳥足で帰る。
★マモル君演奏中!

2007年8月19日日曜日

盟友再会

大阪 martha
「真夏のブルースサミットVol.1~往年の盟友編~」
【出演】リクオ(歌、ピアノ)/松井ヒロシ(歌、ブルースハープ)/たんちん(歌、ギター)
 この日の共演者である松井さん&たんちんとは学生時代からの付き合い。2人は’80年代後半から’90年代前半にかけて、京都を拠点に、ダウンホームスペシャルというロック.バンドで活動していた。ベースレスのロックバンドをみたのは彼らが最初だった。
  ドラム、ギター、ブルースハープというユニークなトリオ編成によるバンド.サウンドは本当に新鮮で、こんなにかっこよくブルースを再解釈した日本のバンド を他に知らなかった。’90年代半ばにアメリカからジョンスペンサーが登場したときは、ダウンホームスペシャルに近いバンドが出てきたなあと思った。
  自分がアマチュア時代の頃に、ダウンホームスペシャルのメンバーとは、しょっちゅう対バンしたり、セッションしたりしていた。よく飲んで、よく語り合った もんである。でも自分がメジャーレーベルからCDデビューして、音楽を生業とするようになりはじめてからは、特にたんちんとの交流が途絶えるようになっ た。
 ダウンホームスペシャルが解散したという話は人づてに聞いた。それからドラムのたっちゃんはスティックを置いてしまったようだ。松井さんとたんちんは他に仕事を持ちながら音楽活動を続けた。
  ダウンホームスペシャルが解散してから、たんちんのライブを何度か観に行ったけれど、自分が勝手に期待していたものとは違うと感じた。それからまた随分と 年月が流れた。この10数年でたんちんがオレのライブに足を運んでくれたことは一度もなかった。会うこともなくなった。けれど京都に戻れば、共通の知人達 からたんちんの噂はよく耳に入った。

 たんちんとの共演は多分17年ぶりくらい。学生時代のバンド仲間で今は大阪阿波座のカフェ、マーサ の社長である片平から「松井宏&たんちんのライブをマーサでやることになったから共演しないか」との連絡があったのが先月。急な話だったけれど、すぐに OK。それからずっとこの日のライブを楽しみにしていたのと同時に、正直、ライブ後に一緒に美味しいお酒を飲めるのかどうかが不安でもあった。
  2部構成の1部でたんちん&松井さんの演奏。客席で焼酎の水割りを飲みながら聴いた。ステージに登場した2人をみながら、そわそわしている自分に気がつい た。でも1曲聴いて安心。2曲目くらいで嬉しくなった。かっこよかったのだ。それから後は2人の奏でる世界にどっぷりとつかり、持っていかれた。
  たんちんの歌はお世辞にもうまいとはいえなかった。けれど、それはたんちんの歌ではあった。情けなさ、どうしょうもなさを、とりつくろうことなく歌い、演 奏に没頭してゆく姿は唯一の存在故に変態的にも見え、笑えるかっこよさがあった。たんちんのギターはステージが進むに連れてどんどんと自由になっていっ た。割り切れなさと混沌が、美しく、クールに、そして野性的に奏でられていた。
 松井さんは、アクロバティックなプレイには全く興味がない風で、邪念なく演奏に没頭。たった1音で世界を変えてしまう。素晴らしい集中力。歌い手としての説得力も以前より増しているように思えた。
 2人の演奏はどんどん高みに上ってゆくようでもあり、深く深く落ちてゆくようでもあった。2人にしか出せないサウンド、マジックがあった。
  「2人とも取り憑かれているなあ」と思った。きっと随分前にブルースとか言われるような音楽に出会い、そこに含まれている「やばいくらいにかっこよくて美 しい何か」に触れて、そいつに取り憑かれてしまったのだ。2人とも「取り憑かれ歴」が長い。他人がどう評価しようと、これしかできないんである。価値の基 準が外にない、自分の中だけにある人間は美しい。音に確信がある。
 2人の視線は客席にはなかった。2人の魂はもっと別の場所に向かっているよう に感じた。ただただ「やばいくらいにかっこよくて美しい何か」に手を伸ばし続けるばかり。客席にいた自分の魂もそっちの世界に持って行かれてしまった。他 のお客さんも自分と似た感じで、演奏に引き込まれているようだった。
 1部の後半でステージに呼ばれ3曲セッション。ステージに上がるときは、自分も既にかなり取り憑かれていたから、不安もなく、導かれるまま、触発されるまま、演奏させてもらった。気持ちよかった。

 音楽を生業にした自分と、他に仕事を持ちながら音楽をやり続けた松井さんとたんちん。自分はこれからも音楽を生業にして暮らしてゆくつもりだけれど、たとえ食えなくなっても、手段ではなく目的として音楽を演り続けたいとあらためて思った。
 松井さん&たんちんの演奏を聴いて、文筆家の池田晶子さんが「個に徹する程普通に通じる」という逆説を語っていたのを思い出した。他にこういう文章も。
「なるほど人は食わねば生きてゆけないが、これをするのでなければ生きていても意味がない。そのような覚悟にのみ、その人の神は宿るのだという逆説を、あまりにも人は理解しない。」池田晶子著「人間自身ー考えることに終りなく」より

 2部の自分のステージでは、余韻を引きづりつつも少し正気に戻った。お客さんの顔が自分の視界に入った。その笑顔と期待に応えたいと思った。またチャンネルが変わった。それもあり。いろんなやり方で繋がってゆけばいい。
 アンコールでは、今度はオレが松井さんとたんちんをステージに呼びこんで、3人で再びセッション。この夜10数年振りに、たんちんと向き合って、いい会話ができた気がした。
 ライブ後は、皆でとてもいいお酒を皆で飲むことができた。たんちんからは「今度、リクオのライブ観に行くわ」と言われる。

2007年8月17日金曜日

斎藤有太現わる!

下北沢 440(Four forty)
CRAZY FINGERS PARTY Vol.11
出演:CRAZY FINGERS(リクオ、Dr.kyOn、YANCY)
【ゲスト】種ともこ 【飛び入り】斎藤有太
 この日のゲストの種さんはオレと同郷の京都出身。その存在は知っていてもなかなか出会うことのなかった同世代人の1人。
 種さんの音楽はどこかノスタルジックで懐かしいニオイがした。「出町柳」なんて曲のタイトルを聞くだけで、ちょっときゅんとする。思い出すと切なくて、少しつらくなってしまうような記憶を、忘れることなく、大切に抱え続けている人というイメージ。
 
  開演直前の楽屋にクレフィンの立ち上げメンバーの1人である斎藤有太が何の前触れもなく突然現れたのには驚いた。そりゃ、客席にずっと置いておくわけには ゆかない。というわけで、アンコールで呼び込んで、「ジーザス.オン.ザ.メインライン」と「光」をセッション。さすが「必殺仕事人」「裏の顔を持つ男」 である。相変わらず切れ味の鋭いピアノ。短い時間のセッションだったけれど、多いに触発される。
 彼が顔を出したのには、それなりのワケがあるのだろう。クレフィンという運動体は当初、関わったミュージシャンのケツを押すような機能を果たしていた気がする。つうか、自分はそういう役割も意識しながらクレフィンを立ち上げたつもりだった。忘れかけてたけど。
 余計なお世話を承知で、これを機会に斎藤有太に言いたいこと。
「いつになったらソロアルバムできんねん?」
「いつになったら、ちゃんと自分のライブをやるねん?」 
 クレフィンをひとつのステップにして、彼がピアニストとしてだけではない表現者として踏み出してゆくことを、自分は勝手に期待し続けている。
 で、また合流しませう。

2007年8月10日金曜日

名古屋も暑かった~

名古屋TOKUZO
CRAZY FINGERS(リクオ/Dr. kyOn/YANCY)
「Triple Axel Tour 2007」
 この日も猛暑。
 昼間は知人に、あんかけスパゲティーのお店に連れて行ってもらう。名古屋へは長い年月通っているけれど、あんかけスパを食べたのは初めて。予想よりあっさりしていて、美味しかった。

 この日の名古屋ライブも新鮮な乗りだった。常連さんに混じって、はじめてクレフィンのステージを観に来てくれたお客さんも多かったようだ。
 
  得三は朝の5時まで営業しているので、ライブの後もお客さんの多くが居残って、余韻を楽しみながら飲み続けている。他の場所でライブをやって、2次会、3 次会でやってくるミュージシャンもいる。自分達もライブの後は得三で飲み続けるか、他の場所で打ち上がっても再び得三に戻って、飲み続けることが多い(オ レは大抵その後にもう一軒行きます)。そういう酒の席には大抵得三社長の森田さんが参加してくれる。ライブ後の森田さんはホストみたいなもんで、毎晩遅く まで、知人や常連客と飲み続けるのが仕事。時々、客より酔っぱらってます。座りで100人をこえるキャパのお店で、こういうFace to faceなやり方を続けている森田さんは素晴らしい。体はきついやろな~。
 この日は森田さんと血糖値やγGTPの数値の話などする。ステージでもオフステージでも健康トークの比率が増えてゆくのは、自然の流れ。
 得三で飲んだ後、名古屋の行きつけのバーであるOへ。Oではじめて飲んだのが、大学4年のとき。それから20年近く通ったこのお店も年内で閉店とのこと。Oで飲めるのはこの日が最後かもしれないとの思い。美味しいお酒、いい音楽ありがとう。

2007年8月9日木曜日

「Mr.タンクトッパー」

京都 磔磔
CRAZY FINGERS(リクオ/Dr. kyOn/YANCY)
「Triple Axel Tour 2007」
  この日はメンバーの移動がバラバラ。オレとスタッフの酒井君は前日に東京から機材車移動。深夜に京都入りしてオレの実家に泊まってもらう。キョンさんも前 日に新幹線で京都入り。現地リハをしてから、この日の昼間に平原彩香さんのライブ。で、その後に磔磔入り。つまり昼夜2ステージというハードスケジュー ル。ヤンシーは前日に東京で深夜までレコーディング仕事をしてから、当日に京都入り。皆、相当のハードスケジュールを経て、磔磔に集合したわけである。
 この日の京都の暑さは尋常ではなかった。夏本番である。盆地特有の蒸し暑さは、ほんまたまらん。しかし、この気候とハードスケジュールのわりに、メンバ-3人ともリハから結構元気そう。自分の場合は、暑いんやけど、同時に夏の開放感もあって、なんかワクワクしていた。
 磔磔は楽屋が2階にあって、ステージへの行き帰りには客席を通ってゆくのだが、この日のお客さんは、ハイタッチしたり、体に触れたり、抱きついてこようとする積極的な女性までいたりで、これも暑さとライブの盛り上がりの相乗効果のせい?
 前回以上にたくさんのお客さんが来てくれて感謝。
 ヤンシーはタンクトップで磔磔に現れて、タンクトップに着替えてステージに上がり、タンクトップに着替えて打ち上げに参加。この日ヤンシーを「Mr.タンクトッパー」と命名。
 学生時代からのバンド仲間も観に来てくれて、打ち上げで合流。

 打ち上げの後、日付が変わってから機材車にのって名古屋へ移動。ハードですな。
 午前4時頃名古屋着。こんな時間なのに名古屋もえらい蒸し暑い

2007年8月7日火曜日

股旅女と飲む

 ピアノ弾き語りのシンガーソングライター、鈴木亜紀ちゃんがパーソナリティーをしているFM番組の生収録のために、久し振りに銀座に行く。
 通り沿いのサテライトスタジオから、道行く人と風に吹かれる柳の木を眺めながらの収録。
  亜紀ちゃんと会うのは1年以上振りかも。オレは彼女の音楽のファンである。詩も、メロディーも、歌も、ピアノも素晴らしい。股旅ものを歌う女性シンガーっ て、日本では貴重だと思う。最近は洗練された音楽をやる人は増えているけれど、彼女のように、洗練の先に野生を感じさせるミュージシャンってなかなかいな い気がする。ほんと情緒と色気があるのだ。
 番組では旅をキーワードに話す。なかなか話は尽きず、収録の後も2人で趣のある定食屋へ入って、昼間っからアジの南蛮漬けをあてに焼酎飲みながら色々話しする。
 ライターで小説家でシンガーソングライターの中川五郎さんがたまたま銀座に来ているというので合流。近くのイギリス風パブに場所を変えてワインで乾杯。昼間っからぜいたくやね。
 亜紀ちゃんが夕方から下北沢で打ち合わせがあるというので、酔った勢いでオレと五郎さんも一緒に下北沢に移動。打ち合わせ場所のジャズ喫茶までついて行って、そこでも飲む。五郎さんは7時から打ち合わせがあるといって、酔っぱらいのまま吉祥寺へ移動。
 ジャズ喫茶で落ち合ったHさんと亜紀ちゃんとオレは下北の寿司屋へ場所を移し、再び焼酎に戻して乾杯。亜紀ちゃんもこの後用事があるとか言ってたけど、大丈夫やったんかなあ。
 思えば亜紀ちゃんとは、出会いからして泥酔同士。
 Keep on rollin'!!
 これでいいのだ。

2007年8月5日日曜日

ずっとジェラシー

渋谷CLUB QUATTRO
「ボガンボローザ熱闘音楽祭~LIVE AUGUST 2007~」
【出演】BO GUMBO ROSA(Dr.kyOn/岡地曙裕/Dr.TOSH?/三原重夫/玉城宏志)
【ゲストバンド】 UNLIMITED BROADCAST /CRAZY FINGERS
【ゲスト】 吾妻光良/石川二三夫/うつみようこ  YANCY/リクオ
前¥4000 当¥4500 開場17:00 開演18:00
 ローザルクセンブルク・ラストライブから20年。ボガンボス結成から20年。この記念すべき2007年に、両バンドのメンバー5人が「ボガンボローザ」として熱い演奏を繰り広げます。豪華ゲストも参加。リクオはソロとCRAZY FINGERSの両方で参加!!

  自分が浪人生だった頃、NHKで放送されたアマチュアバンドのコンテスト番組で、ローザルクセンブルグの存在を知った。そのコンテストでローザは優勝。と にかくヴォーカルのどんとのインパクトは強力だった。審査員の1人の細野晴臣さんがトロフィーだか賞状だかを渡すときに、メンバーに対して「このコンテス トに出てくれてありがとう」といった内容の感謝の言葉を述べていたのも、すごく印象に残った。
 それからほどなくしてローザルクセンブルクはメジャーデビューを果たす。大学生になった自分は彼らのライブに2度足を運んだ。
 ローザは意外にもデビューから数年で解散。解散後すぐに、どんとがまた新しいバンドをつくったという情報が耳に入ってきた。ボガンボスというバンド名からして、相当心に引っかかった。
 京都の磔磔でデビュー前のボガンボスのライブを初めて観た。やられたと思った。悔しくて、あらを探したい気持ちになったけれど、素晴らしいもんはやっぱり素晴らしい。嫉妬すると同時に、共感もしたし、勇気づけられもした。
 キョンさんを観たのもその時が初めて。ボガンボスのライブを観る度に、どんどん洗練され、プレイヤーとしての技術も急成長しているキョンさんを見て、正直焦った。
 ボガンボスが自分に与えた刺激や影響は大きかった。今、ボガンボスの音源を聴き直すと、また当時とは違う発見や感慨がある。それは以前よりも自分が素直になれたせいでもある。
 なぜ素直になれたかと言うと、自分が年を重ねて経験を積んで心が柔らかくなったことも一因だけれど、もうひとつはボガンボスが既に解散したバンドで、どんとがもうこの世にいないということも関係しているように思う。もっと前から素直でいれたらよかったのに。
 
  この日はクレフィンでボガンボスの「Sleepin'」を、後半のゲストコーナーでボガンボスの「魚ごっこ」と「ナイトトリッパー!イェー!」を歌わせて もらう。音のでかいロックバンドで歌ったのは、ほんと久し振り。自分もお客さんもえらい盛り上がった。興奮しながら、俯瞰しているような自分もいた。
 今回のイベントを通して気付かされたことがいくつかあるけれど、そのうちのひとつは「自分はまだどんとに嫉妬してる」ってこと。
 打ち上げの席で、ある関係者が「ローザもボガンボスもどんとだけのバンドじゃなかったんだということも伝えたい」と言っているのを聞いて、この人もきっと、いまだにどんとに嫉妬しているんだなと思った。
 自分はこれから先もボガンボスやどんとから刺激を受け続けるような気がする。そして、どんとやボガンボスについて考えることによって、自分のことを考え続けるのだと思う。そういう存在が同時代にいてくれてよかった。