2011年3月28日月曜日

3/28(月)藤沢へ帰るーいきなり白熱した深い夜

藤沢に帰って、まずやろうとしたことは、馴染みの店を飲み歩くこと。ちゃんと飲んで、お金を落として、地元の人達と語り合う。そこから、この街での暮らしを再開させようと思ったのだ。
 結構ハードなスケジュールでツアーを回ってきたのだけれど、全く疲れを感じなかった。マスターや常連客と久し振りに会って、なんかほっとしたな。いろんな話をした。
 2軒目に行った馴染みのバーで、自衛隊と消防隊の若者に出会った。
自衛隊の若者は、先日まで宮城沖で、津波によって犠牲になった人達の遺体の回収にあたっていたそうだ。その作業が与える精神的なダメージは深く、長い日数続けるのは危険だということで、一旦現場から戻されたのだそう。
 その若者から聞く被災地の状況は、自分達がマスメディアから得る情報とは違っていて、かなりショッキングな内容を含んでいた。
 再び被災地に戻る彼は、「指令が下れば、命をかける覚悟はできている」と語った。こういう気概を持った人間によって、復興は進められ、自分達の暮らしも支えられているのだと感じた。その気概に、尊敬と感謝の念を持つと同時に、複雑な気持ちにもなった。
 自己犠牲の精神は尊い。けれど、感情に走り過ぎず、自分の命の使い方を、充分に考えてほしいとも思った。
 とは言え、命令されれば、それに従うのが組織であり、その統制によって組織は力を発揮する。う~ん。
 もちろん、思いに熱がなければ、何事も始まらない。そういう熱さを持った若者に出会えたことに、希望を感じた。
 自衛隊の若者が帰った後も、マスターを交えてカウンター席で議論が続いた。こういう時期は特に、こんな風に語り合うことが大切なんだと思う。
 藤沢に帰って来て早々、白熱した深い夜になった。

2011年3月27日日曜日

3/27(日)ケイヤンって、ハードボイルド?

長崎 ベイサイドバーR-10
「MAGICAL CHAIN CARAVAN」
【出演】ウルフルケイスケ&リクオ
 オープニングアクト:リキ&ヒデキ
 この日のライブ会場、ベイサイドバーR-10 は、出島ワーフと呼ばれる港沿いにあるロケーションばっちりのカフェ。
 会場に早めに到着して、時間的な余裕があったので、リハーサルが始まる迄、被災地の知り合いと連絡を取り合い、しばらく話しする。
 快晴で、温暖、波も穏やか。実に平和な光景の中で、被災地の厳しい状況を聞かされる。最近は、なるべく被災地の知人達と連絡を取り合い、話を聞くように している。最初はどう声をかけたらいいのだろうという迷いがあったのだけれど、話を聞くだけでもいいのだと思えるようになった。話していて、こちらが元気 をもらっているように感じるときもある。

 長崎の夜も多いに弾けた。ホント、この空気を全国の人達と共有したいと思った。オープニングで演奏してくれたリキ&ヒデキとのセッションも楽しかったなあ。この日のケイヤンのギターは、特に、いい音してたなあ。
 ケイヤンの笑顔、シンプル&オープンな姿勢には、柔らかい信念を感じる。3・11以降も、あのとびきりのスマイルは揺るぎなく健在だ。頼もしいなあと思った。
 そういえば、ケイヤンから泣き言とか愚痴って聞いたことないなあ。ケイヤンのあの笑顔って、彼のハードボイルドな一面を象徴してるのかも。笑顔の裏で色 んな思いを噛みしめてるのかな。本人にそんなこと言ったら、きっと笑って否定するだろうけれど。
 
 打ち上げも、歌って、DJして楽しかったなあ。長崎ありがと。力野君、ノブ君、みかちゃん、ヒデキくん、総一郎くん、ケイタローさん、むっちゃん、みんな、ありがと。また。
 オレはとても元気。印象に残るツアーが続いてます。
 松井くん、3日間ありがとね。

2011年3月26日土曜日

3/26桜咲く

熊本 BATTLE-STAGE
「MAGICAL CHAIN CARAVAN」
 今年は、春の訪れが随分遅いように感じていたのだけれど、熊本はもう桜が咲き始めていた。
 街は人通りが多く、活気が感じられた。人通りの多いアーケード街を歩きながらケイヤンと「なんだかほっとするね」と話した。
 ライブは後半から、お客さん総立ちの盛り上がりになった。この夜もミラーボールがよく回ってくれた。ケイヤンは、ツアーが始まった頃より、確実に声がよく出ている。
 BATTLE-STAGEとの付き合いは10年を超える。ホント、いつもよくしてもらって、感謝。この時期、再会が、いつも以上にしみじみと嬉しく感じる。 
 熊本、何度でも戻ってきます!

2011年3月25日金曜日

3/25(金)博多にて「I LOVE YOU ,OK」

福岡 VOODOO LOUNGE
「MAGICAL CHAIN CARAVAN」
【出演】ウルフルケイスケ&リクオ
 ケイヤンとのツアーが再開。
 博多でのライブは予想を超えた盛り上がりになった。
 「この明るさは生きて行くために不可欠なんだ。音楽は娯楽であると同時に、娯楽を超えた意味や力を持っているんだ。」そう確信した。
 アンコールで、永ちゃんの「I LOVE YOU ,OK」を初めて歌った。ミラーボールの証明がより一層演奏を引き立ててくれた。
 自分が、永ちゃんの曲をカヴァーする日がくるとは、予想していなかった。5日前、イベント場所の加東市に向かう車中、カーステからこの曲が流れ始めた 時、車内に、ぱあ~っと明るい空気が広がって、自分の中に力が漲ぎるのを感じた。これだ!と思った。
 「I LOVE YOU ,OK」という曲は、愛の幻想、ファンタジーを正面切って歌っているイメージがある。そこにリアリティーが欠けているのかと言えばそうではない。自分はこ のラブソングにすごく力をもらったのだ。当たり前のことかもしれないけれど、音楽にはファンタジーも必要なのだ。
  この日、オープニングで演奏してくれた、博多の地元バンド、VOODOO LOUNGEの店長、小屋敷君も参加するDOC HOLiDAY AND APACHE TRAINのステージも素晴らしかった。彼らとのセッションも楽しかったなあ。
 ライブ前には、HEATWAVEの渡辺圭一君が、DJで、場を暖めてくれた。彼のルーツを感じさせるナイスな選曲だった。ライブ後に圭一君から笑顔で「幸せな気持ちになれた~」と言われたのが嬉しかった。
 打ち上げは圭一君が経営する居酒屋「ジャンボ」へ。ここのお店のジャジャ麺はヤバイ。ほんと美味しかった。
 博多の夜は長くて、深い。ホテルの部屋に戻ったのは、朝方だった。 

2011年3月24日木曜日

3/24(木)3.11以降

 3.11以降、数日間は、言葉がなかなか出てこなかった。
 状況が把握できず、考えもまとまらず、不安の中で、まずは形からと、冷静を装いながら、どうにか日々を過ごした。

 震災翌日12日は予定通り小田原でのライブを行ったけれど、翌日13日の大和市、19日の藤沢市鵠沼でのライブは中止になった。
 14日の深夜だったと思うけれど、10数年の付き合いの某ミュージシャンから、「すぐにでも、東京でチャリティーライブを開催しようと計画しているのだ が、どう思うか」といった内容の相談を受けた。自分は、「まだ余震が続き、原発事故が予断を許さない中、恐らく都内で暮らす多くの人達も現在進行形で身の 危険を感じているだろうから、イベントを開催するのは時期尚早ではないか。自分達の出番はこれからたくさんあるはずだから、もう少し状況を見てから、動い てもいいんじゃないか」というような内容の話をした。
 自分の考えが絶対的に正しいとは思わなかった。結局、彼はその週の内にイベントを企画、開催させた。開催の事実を知った時は、正直、心が揺れた。けれど、これから協力できること、自分が出来ることは、色々とあるはずだと、自身に言い聞かせた。
 その後も悩み、葛藤し続けた。同時に、ダメージを受けた自分の心のケアも心掛けた。色んな自分を受け入れることにした。なるべく多くの人達と話して、意 見を交換するようにした。被災した知人達とも少しずつ連絡が取れるようになった。被災した相馬や仙台の知人から、逆にこちらが叱咤激励されたりした。
 
 17日、自分は京都に来ていた。夜は、市内で行われた、管楽器奏者であり自分のデビュー時のプロデューサーでもある梅津和時さんと多田葉子さんの、PAを使わない生音によるチャリティーライブに飛び入りし、2つのことを初体験した。
 まず、初めて人前で詩を朗読した。結構落ち着いて、語れた。その後、鍵盤を弾かずに、管楽器だけをバックに生声で歌った。歌っていて体全体に声が響き渡っているような気がした。

 3.11以降、音楽が自分の中から消えそうになったこともあったけれど、消さないようにつとめた。自分を取り戻すために、音楽が必要だった。
 
 この状況の中で、次第に、自分にとって大切なものが見えてきた気がした。そうすると、勇気、希望、優しさといった、前向きな気持ちが蘇ってくるのを感じた。今こそ、想像力と寛容が必要だと思った。批判、非難ばかりに力を注ぐべきじゃない。
 基本的に、ライブは自粛せず、歌える場所では、いつものように軽いフットワークで歌おうと思った。けれど、この状況の中で、どんな歌を歌えばいいのか、考えさせられた。3.11以降、同じ言葉の持つ意味や、響きが変わってしまった。

 20日、加東市でのライブイベントでは、有山じゅんじさん、おおはた雄一君、杉瀬陽子ちゃんと共演した。大好きな表現者ばかり。
 有山さんとは、事前に電話で、そして当日も、結構色んな話をした。いつものように明るく、マイペースに振る舞う一方で、有山さんは、3.11以降、この 日に至る迄、歌う曲に関して悩んだり、いろんな葛藤や不安があったことも素直に話してくれた。そういった話を聞かせてもらって、自分は少しほっとした。あ あ、師匠もそうだったんだなと。
 この夜のライブの空気感は素晴らしいものだった。祈りに満ちていて、柔らかく穏やかで、時に明るく、くだけていて、とても平和な夜だった。こんな空気を届けて、繋いでゆくことが自分の役割なんだと思った。
 こういう場を与えてもらえることは、ほんとにありがたい。

 翌21日は、大阪で精力的に動いた。
 まず、午後から、FM802の特番に出演し、スタジオで生ライブ。急遽802の若手スタッフ13名で結成されたコーラス隊をバックに、「アイノウタ」と 「メロディー」を歌った。コーラス隊の若者達の表情の、なんと生き生きとしたことか。漲るエネルギーを受け取った。
 その後、南堀江にあるライブハウス、ネイブに移動して、チャリティーライブイベントに参加。約25分のソロステージ。ここでも心地よいエネルギー交感。
 最後は梅田シャングリアで行われていたソウルフラワーユニオンのライブに飛び入りして「アイノウタ」をハンドマイクで熱唱。えらい盛り上がりで、一時のスター気分を味あわせててもらった。

 この日集まったお客さんに対して、中川君は「この状況の中で、最終的には自分自身で判断を下すべきだ」と語りかけた。自分は、その言葉に誠実さを感じた。
 カリスマやヒーローを強く求める世の中は不幸だと思う。けれど、もしかしたら、3.11以降、そんな時代が始まりつつあるのかもしれない。
 こういう時期だから、ある種のカリスマ性を持つ中川敬に対して、ファンが、ヒロイックな言動を求めるのは仕方がないことかもしれない。けれど、彼はそう いった言動に距離を置き、軽口を交えながら、ファンに対して思考停止の危険性と寛容の大切さを伝えようとしていた。その語り口は、理性的で、さまざまな配 慮と、他者に対する優しい眼差しが感じられた。
 そう、この日のソウルフワワーのライブは、なんだか優しさに満ちていたのだ。
 ライブ後、中川君ともたくさん話をした。彼も、悩み、葛藤、不安の中ににいて、冷静を心がけ、笑いを忘れず、前を向いて、できることをやり、想いを繋げてゆこうとしていた。
 
 まず、自分は、柔らかく元気であることを心掛けようと思う。でも落ち込んだ時は、仕方がない。しゃあない。なるべく、引きずらないよう工夫しようと思う。
 人目を気にした「ええかっこしい」は控え、感情に流されて判断力を鈍らさないよう、空回りにならないよう、身の丈をはかりながら、長期戦を見込んで、元気と想いを繋いでゆこうと思う。
  さあ、ケイヤンとのツアーが再開。九州の皆さんよろしく! 

2011年3月16日水曜日

3/16(水)歌い続ける

しばらくテレビのニュースを消して、パソコンも閉じて、心を鎮めてみる。
自分の弱さ、脆さを嘆くのはやめる。認めてやる。
そらしゃあない。
自分にとって大切なものは何?
つないだ手のぬくもりを思い出す。
忘れかけていたメロディーを口ずさむ。
少し無理をしてバカなことを言ってみる。
結構受けた。
笑顔にほっとした。
自分の中にあった優しさを思い出す。
希望を思い出す。
勇気を思い出す。

新しい暮らしが始まる。
新しい生き方を探す。
一人ではなく。
哀しみを忘れない。
後悔を忘れない。
後ろめたさも忘れない。
でも、引きずらない。
力み過ぎない。
祈り続ける。
歌い続ける。
新しい言葉とメロディーが生まれる。
呼吸を整えて、元気を出す。

2011年3月6日日曜日

3/6(日)充実の四国ツアー

高知市 ULTRA ROCK BAR J's
「MAGICAL CHAIN CARAVAN」
【出演】ウルフルケイスケ&リクオ
 初めて訪れたBAR J's は、これぞライブハウス、「不良のたまり場」っつう雰囲気。若い頃は相当やんちゃしてたんやろなという佇まいのマスターと、両腕のタトゥの女性スタッフ。なんか、こういう空間が懐かしくも思える。
 FM高知のパーソナリティーを長くやっていたこともあり、高知はケイヤンにとって縁の深い街。前売りチケットはソールドアウト。会場は開演前からできあ がった状態だった。実に、乗せ上手、乗せられ上手なお客さん。客席もステージも一体になって、終始熱気が充満したライブになった。お店のスタッフもカウン ターの中で、盛り上がってくれてたのが嬉しかったな。
 今回の高知ライブを通して、いつもライブを主催してくれるライブハムの皆さんとFM高知の皆さんとの繋がりが強まったこともよかったなと思う。自分達ツアーミュージシャンは、地元の人同士を繋げるという役割を担うこともできるのだと思う。
 ありがとう、四国。明日は岡山。


2011年3月4日金曜日

3/4(金)ミラーボール最高!

高松市 オリーブホール
「MAGICAL CHAIN CARAVAN」
【出演】ウルフルケイスケ&リクオ
 ツアーに出て4日目。前日は高松に前乗りして、知人の店でDJをやらせてもらい、皆でバカ騒ぎ。
 ツアーの前半からこんなに飛ばして大丈夫か?
 昼前、ホテルで目が覚めたら声が枯れていた。エアコンをつけたまま寝てしまい、空気を思いっきり乾燥させてしまったことが、原因。やってもうた。
 焦ったけれど、リハーサル前に、漢方のうがい薬を飲んで、しばらくしたら、劇的に声が出るようになる。ほっと一息。
 この日のライブ会場オリーブホール は、今回のツアーの中で、最もキャパの大きな空間。天井も高く、ライブハウスというよりはホールの雰囲気。
 会場に着いたら、スタインウェイのグランドピアノがステージに置いてあって驚かされた。
 やはりグランドピアノだと表現の幅が広がる。ケイヤンとの演奏のクオリティーも2日目にしてぐっと上がった気がする。
 この日のステージでは、ミラーボールも大活躍した。リハーサル中、照明スタッフさんに頼んで、急遽設置してもらったのだ。本番での回るタイミングもバッチリ。実に素晴らしい回りっぷりだった。
 初めての会場だったけれど、照明、PA他ホールのスタッフ陣が、皆一生懸命で、一緒になってステージを作っていってくれたことも嬉しかったなあ。
 この日アンコールで歌った「胸が痛いよ」は、ケイヤンのギターに触発されたこともあって、すごく集中して演奏できた。こういう瞬間はとても自信になる。
 ピアノウーマンの矢野絢子ちゃんが、高知から車を飛ばしてライブを観に来てくれたことも嬉しかったなあ。彼女の新作「いちばん小さな海」は素敵なアルバムです。
 この日も打ち上げで、多いに飲んで、語り合う。
 オレとケイヤンってホスト気質やね。人とコミュニケーションする上で、ボケとツッコミが出来ることは強みだと思う。自分だけでなく相手も楽になれると思 うのだ。まあ、ツッコミの通用しない人もいるけれど。ツアーに出ると特に、関西人は得だなと思う。
 この日もマジチェンに満ちた夜だった。


2011年3月2日水曜日

3/2(水)マジチェン始まる!

徳島県阿南市 GO-GO music&cafe
「MAGICAL CHAIN CARAVAN」
【出演】ウルフルケイスケ&リクオ
【ゲスト】西慎嗣 【オープニングアクト】ズクナシ
 ケイヤンとのツアーが始まった。ツアータイトル「MAGICAL CHAIN CARAVAN」(略してマジチェン)とは、つまり、縁を繋いでゆく旅。このツアーの間、各地での出会い、再会を多いに楽しみ、味わおうと思う。
 阿南をツアー初日に選んだのには、それなりの理由がある。今から約2年前、自分がケイヤンとの再会を果たすきっかけをつくってくれたのが、この街だった のだ。2年前に、ツアーで阿南を訪れた時に、ギタリストの西慎嗣さんとの思いがけない出会いがあり、西さんから、最近ケイヤンと交流を深めていて、彼も阿 南を訪れているという話を聞き、その場ですぐケイヤンに電話をして、そのときは留守電だったけれど、その後すぐに彼が電話を返してくれて、久し振りに何か 一緒にやろうよという話をして、それから何度も共演を繰り返し、いい時間を共有して、そのうちに2人でツアーに出てみようかという話になったのだ。
 海沿いの街、阿南のGO-GO music&cafe というお店を通して知り合うのは、南国のようなオープン気質と大阪人のようなたくましさ、ベタな乗りを持ち合わせた人達が多い。オーナーの篠やんが、まさにそんな人。
 今回も阿南には前日入りして、地元の人達と交流を深めた。夜の飲み会には、何と阿南市長も参加。「人生一寸先は明るい」と語る市長は、とてもくだけた魅力的な人だった。
 宴は2次会になだれ込み、まるでツアーの楽日の打ち上げのような盛り上がり。まだ、初日も終えてないのに。
 ツアー初日は、前日の宴の盛り上がりをそのまま引き継いだような乗りになった。シンプル&オープンという姿勢を会場全体が共有して、皆で解放空間を作り上げたという実感があった。
 ゲストで参加してくれた西さんのギターは最高だった。オープニングで演奏してくれたガールズバンド、ズクナシも実にソウルフルな演奏を聴かせてくれた。ケイヤンとの演奏は楽しい!この2日間だけで、いろんな出会いと再会。まさにマジチェン。
 ツアーのいいスタートが切れた。心からありがとう。