2011年3月24日木曜日

3/24(木)3.11以降

 3.11以降、数日間は、言葉がなかなか出てこなかった。
 状況が把握できず、考えもまとまらず、不安の中で、まずは形からと、冷静を装いながら、どうにか日々を過ごした。

 震災翌日12日は予定通り小田原でのライブを行ったけれど、翌日13日の大和市、19日の藤沢市鵠沼でのライブは中止になった。
 14日の深夜だったと思うけれど、10数年の付き合いの某ミュージシャンから、「すぐにでも、東京でチャリティーライブを開催しようと計画しているのだ が、どう思うか」といった内容の相談を受けた。自分は、「まだ余震が続き、原発事故が予断を許さない中、恐らく都内で暮らす多くの人達も現在進行形で身の 危険を感じているだろうから、イベントを開催するのは時期尚早ではないか。自分達の出番はこれからたくさんあるはずだから、もう少し状況を見てから、動い てもいいんじゃないか」というような内容の話をした。
 自分の考えが絶対的に正しいとは思わなかった。結局、彼はその週の内にイベントを企画、開催させた。開催の事実を知った時は、正直、心が揺れた。けれど、これから協力できること、自分が出来ることは、色々とあるはずだと、自身に言い聞かせた。
 その後も悩み、葛藤し続けた。同時に、ダメージを受けた自分の心のケアも心掛けた。色んな自分を受け入れることにした。なるべく多くの人達と話して、意 見を交換するようにした。被災した知人達とも少しずつ連絡が取れるようになった。被災した相馬や仙台の知人から、逆にこちらが叱咤激励されたりした。
 
 17日、自分は京都に来ていた。夜は、市内で行われた、管楽器奏者であり自分のデビュー時のプロデューサーでもある梅津和時さんと多田葉子さんの、PAを使わない生音によるチャリティーライブに飛び入りし、2つのことを初体験した。
 まず、初めて人前で詩を朗読した。結構落ち着いて、語れた。その後、鍵盤を弾かずに、管楽器だけをバックに生声で歌った。歌っていて体全体に声が響き渡っているような気がした。

 3.11以降、音楽が自分の中から消えそうになったこともあったけれど、消さないようにつとめた。自分を取り戻すために、音楽が必要だった。
 
 この状況の中で、次第に、自分にとって大切なものが見えてきた気がした。そうすると、勇気、希望、優しさといった、前向きな気持ちが蘇ってくるのを感じた。今こそ、想像力と寛容が必要だと思った。批判、非難ばかりに力を注ぐべきじゃない。
 基本的に、ライブは自粛せず、歌える場所では、いつものように軽いフットワークで歌おうと思った。けれど、この状況の中で、どんな歌を歌えばいいのか、考えさせられた。3.11以降、同じ言葉の持つ意味や、響きが変わってしまった。

 20日、加東市でのライブイベントでは、有山じゅんじさん、おおはた雄一君、杉瀬陽子ちゃんと共演した。大好きな表現者ばかり。
 有山さんとは、事前に電話で、そして当日も、結構色んな話をした。いつものように明るく、マイペースに振る舞う一方で、有山さんは、3.11以降、この 日に至る迄、歌う曲に関して悩んだり、いろんな葛藤や不安があったことも素直に話してくれた。そういった話を聞かせてもらって、自分は少しほっとした。あ あ、師匠もそうだったんだなと。
 この夜のライブの空気感は素晴らしいものだった。祈りに満ちていて、柔らかく穏やかで、時に明るく、くだけていて、とても平和な夜だった。こんな空気を届けて、繋いでゆくことが自分の役割なんだと思った。
 こういう場を与えてもらえることは、ほんとにありがたい。

 翌21日は、大阪で精力的に動いた。
 まず、午後から、FM802の特番に出演し、スタジオで生ライブ。急遽802の若手スタッフ13名で結成されたコーラス隊をバックに、「アイノウタ」と 「メロディー」を歌った。コーラス隊の若者達の表情の、なんと生き生きとしたことか。漲るエネルギーを受け取った。
 その後、南堀江にあるライブハウス、ネイブに移動して、チャリティーライブイベントに参加。約25分のソロステージ。ここでも心地よいエネルギー交感。
 最後は梅田シャングリアで行われていたソウルフラワーユニオンのライブに飛び入りして「アイノウタ」をハンドマイクで熱唱。えらい盛り上がりで、一時のスター気分を味あわせててもらった。

 この日集まったお客さんに対して、中川君は「この状況の中で、最終的には自分自身で判断を下すべきだ」と語りかけた。自分は、その言葉に誠実さを感じた。
 カリスマやヒーローを強く求める世の中は不幸だと思う。けれど、もしかしたら、3.11以降、そんな時代が始まりつつあるのかもしれない。
 こういう時期だから、ある種のカリスマ性を持つ中川敬に対して、ファンが、ヒロイックな言動を求めるのは仕方がないことかもしれない。けれど、彼はそう いった言動に距離を置き、軽口を交えながら、ファンに対して思考停止の危険性と寛容の大切さを伝えようとしていた。その語り口は、理性的で、さまざまな配 慮と、他者に対する優しい眼差しが感じられた。
 そう、この日のソウルフワワーのライブは、なんだか優しさに満ちていたのだ。
 ライブ後、中川君ともたくさん話をした。彼も、悩み、葛藤、不安の中ににいて、冷静を心がけ、笑いを忘れず、前を向いて、できることをやり、想いを繋げてゆこうとしていた。
 
 まず、自分は、柔らかく元気であることを心掛けようと思う。でも落ち込んだ時は、仕方がない。しゃあない。なるべく、引きずらないよう工夫しようと思う。
 人目を気にした「ええかっこしい」は控え、感情に流されて判断力を鈍らさないよう、空回りにならないよう、身の丈をはかりながら、長期戦を見込んで、元気と想いを繋いでゆこうと思う。
  さあ、ケイヤンとのツアーが再開。九州の皆さんよろしく! 

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