2016年11月18日金曜日

トランプが勝利してからの8日間

スタジオにこもって、来年1月にリリース予定のライブアルバムのミックス作業をしている最中、アメリカの大統領選でトランプの勝利が確実になったとことを、スマホのヤフーニュースで知った。悪い予感が当たってしまったなあと思った。
そう言えば、今から約15年前の9月11日にニューヨークでテロが起きたことを知ったのも、スタジオでのミックス作業中だった。動揺は、あの時の方が大きかった。トランプの勝利も、9・11に匹敵する大きな出来事だと思うけれど、世界各地で起こり始めたナショナリズムの台頭、不寛容、経済格差の拡がり、移民排斥の動き、繰り返されるテロのニュースなどが、こういった事態を予感させ、ある程度の心の準備をすませていた気がする。

大統領選も大事だけれど、今一番大切なことは最終段階に入ったミックス作業に集中することだった。すぐに、気持ちを切り替えて、作業に没頭した。

レコーディングのミックス作業で、常に自分の課題となっていたのが、コンプレッサー(以下「コンプ」と略)との付き合い方だった。自分はライブでもレコーディングでもコンプありきのサウンド作りが好みではない。音圧や迫力が増す1方で、コンプを強くかけ過ぎると、音が圧縮されて平面化し、柔かさや立体感、メリハリに欠けたサウンドになってしまうのだ。
ただ、コンプそのものを否定しているわけではなく、このエフェクトとのもっとよい付き合い方ができないものかと、ずっともどかしい思いを抱き続けていた。それが、今回のミックス作業での試行錯誤で、その課題を劇的に乗り越えることができたのだ。
その成果はサウンドに如実に現れた。立体感をそこねることなく、ライブの迫力、臨場感を再現し、あの日のメモリアルなステージを1つの作品として再構築することができたのだ。

ベルリンの壁が崩壊した日である11月9日、トランプの大統領選勝利が明らかになり、共和党が上下両院で過半数を獲得し、カリフォルニアでは嗜好用大麻の合法化が可決された。そして自分は、エンジニアのモーキーとの2人3脚で、ライブCDのミックスを完成させた。不安と喜びが交錯する1日だった。

ミックス作業を終えた後は、2日間のリハーサルをはさんで、11月からスタートしていた中川敬君(ソウル・フラワー・ユニオン)とのツアーを再開し、京都へ向かった。かつて自分がアルバイトをしていたこともあるライブハウス・磔磔にて、ゲストに山口洋(HEATWAVE)と宮田和弥(ジュンスカイウォーカーズ)を迎えての2公演は、実に濃密で充実した2日間だった。
ヒロシとの久し振りの共演では、緊張と緩和の振り幅の中で自分の現在地を確認し、宮田君との初共演では、真摯な歩み寄りとオープンな姿勢がもたらす素晴しい化学反応をお客さんと共に満喫した。よく歌い、よく叫び、よく弾き、よく叩き、よく語り、よく飲んだ。
クタクタになって京都から藤沢に帰宅した後は、1日のオフを置いて、ライブCDのマスタリング作業に入った。スムーズに作業は進み、昨日レコーディングの全行程を終了した。そして、明日からまたツアーの再開。

この目まぐるしい日々の間も、アメリカの大統領選の結果のことが頭から離れなかった。
民族差別や宗教差別、女性蔑視を公言する人物がアメリカ大統領になる日が来るなんて、少し前までは想像もできなかった。そんな人物に希望を託さなきゃいけない程、今のアメリカは余裕のない状況なんだろうと思う。トランプの勝利は深刻な症状の表れだ。
こういった状況はアメリカに限ったことではない。日本でも同じような症状が進行し、トランプ的な思考や態度が、ネットやテレビを通じて、拡散され続けている。

自宅で、深夜に録画しておいたテレビ番組を見ていたら、あるコメンテーターが「政治家は道徳家ではない。だからトランプ氏の差別的発言もパフォーマンスとして許容される」といった内容を語っていた。「んなもん、パフォーマンスで許したらあかんやろ!」と、思わず心の中でつっこんでしまった。こういう発言がテレビでも堂々と流される時代の空気に怖さを感じる。
9月にアップしたブログにも同じようなことを書いたけれど、敢えて、もう一度言わせてもらう。自分が、一番恐れているのは、このような発言や思考、態度に、自分も含めて、人々が馴らされ、取り込まれてゆくことだ。このような状況に対しては、慣れることなく冷静に恐れ続けるべきだと思う。

いつからか、自分の回りの世界と、公の出来事、社会を取り巻く状況とのギャップに、戸惑いを感じるようになった。最近は、社会のネガティブな状況が少しずつ自分の回りを侵し始めているように感じることがある。
公の出来事や社会の空気に取り込まれ過ぎることなく、日常の暮らしを大切に、柔らかさを保ちながら日々を過ごしてゆきたいと思う。得てして、良くない出来事と良い出来事は、同時に起きている。良い兆しを見逃さないようにしたい。
ー2016年11月17日