2024年1月25日木曜日

有山じゅんじさんとの磔磔ライブで感じたこと



有山さんとの昨夜の磔磔でのライブ、あらためて感じるところが多々あった。


多分、有山さんはアンチエイジングを意識していないと思う。71歳の変わりゆく自分を受け入れ、構えることなく、今のありのままの自分を楽しもうとしてるように見える。

肉体の衰えによって、見えてくる新しい景色やもたらされるギフト、完璧を目指さないことで伝わるリアルや救いのようなものがあるんだと思う。


有山さんの音楽やステージパフォーマンスには企みやあざとさが感じられない。

本人自ら語っていたけれど、ライブ中に人を楽しませることも特段意識していないそうだ。ただ、自分が感じたり受け取ったものを歌やギターで表現することで、誰かが喜んでくれたり気持ちよくなってくれるのであれば、こちらも嬉しい。そんなスタンス。


多分、有山さんは、こんなふうに言葉にすることもあまり好まない。

言葉にすることで、振るい落とされてゆく何かがあることや、そこに意図が含まれることに敏感なんだと思う。

有山さんがこの投稿を読んだら、「リクオは大袈裟や」って言われそうだ。

でも、こういうことを考えて言葉にしてしまうのが自分でもある。


昨夜は会場全体に、心地良い循環が生まれていたと思う。流れに身を任せて有山ワールドを堪能することで、自分もその循環の一部になれたという充実感があった。

まさに一期一会の夜だった。


有山さんとのツアーはまだ続くので、ぜひ足を運んでもらえたら嬉しいです。

東京ラ・カーニャ公演はソールドアウトとのこと。ありがとうございます。


昨夜のライブのアーカイブ配信は2月7日(水)まで購入&視聴できます。きっと会場の空気感ごと伝わると思います。

https://twitcasting.tv/kyoto_takutaku/shopcart/285301


磔磔YouTubeチャネルにてライブダイジェストも無料公開中です。

https://youtu.be/BZnGf_6Icy0?si=K4SXztsIPf-8KseH


■リクオ・ライブ詳細 http://www.rikuo.net/live-information/

 





2023年12月9日土曜日

歌うことは生きること(茨田りつ子 談) ー 博多・Bassicにて

昨夜はライブ前に色々と考え事をして気持ちが落ち着かず、正直に言えば、本番直前まで少し憂鬱を引きずった状態だった。
毎回を万全のコンディションでステージに臨むのは難しい。抱え込んだブルースは歌で昇華するしかない。

ありがたいことに、ステージに出た瞬間、一人一人のお客さんの期待や熱量をダイレクトに受け取ることができて、心のスイッチがスッと切り替わった。そういうところは、単純な奴でよかったなと思う。

ライブ中は、歌えば歌うほど心が鎮まってゆく、浄化のプロセスをたどってゆくような感覚。とても印象深い夜になった。

「歌うことは生きること」
NHK朝ドラ「ブギウギ」の中で、歌手の茨田りつ子がそう語っていたのを思い出した。
心を開けば、音楽はいつも自分に寄り添ってくれる。

ライブは遊び場だったり、出会いの場だったりすると同時に、気づきや修行の場でもある。
音楽とお客さんとBassicに救われた夜だった。

ライブ後はBassicでしばらく打ち上がった後、オーナーの圭一君からの誘いでラーメンと居酒屋を2軒ハシゴ。
圭一君と2人だけで飲んだのは昨夜が初めてかもしれない。彼が全部奢ってくれて、素直に甘えさせてもらった。
圭一君の優しさはいつもさりげなくて心地よい。
ありがとう、また。

ー 2023年12月9日(土)

2023年11月26日日曜日

旭川・アーリータイムズにて野澤さんを思う

2年ぶりに訪れた旭川・アーリータイムズには、1年近く前に亡くなった店主・野澤さんの思い入れの形がそのままそこかしこに残されていて、懐かしさと安心感と寂しさが入り混じった、一言では語れない気持ちになった。

野澤さんと関わりがあった地元の皆さんの働きかけで、野澤さんのお兄さんがオーナーを引き受け、PAスタッフだったタカちゃんが新たな店主となってアーリータイムズは継続されることになった。

店入りすると、カウンターに座って、野澤さんがいれてくるコーヒーを飲むのがアーリータイムズでの長年のルーティーンだったけれど、今回は初めてタカちゃんがコーヒーを入れてくれた。その流れが違和感がなくてホッとした。

ライブ中は、野澤さんに見守られているような気がした。
中川君との北海道ツアーの締めがアーリータイムズでよかった。馴染みの人達とも再会できて、嬉しかった。またお互い元気で再会できますように。

「これからもここに来れば野澤さんに会えるんだな」と思った。

ー 2023年11月26日(日)





2023年11月18日土曜日

来年、有山さんと久し振りにツアーを回るにあたって

自分にとって師匠と呼べる存在を敢えて一人あげるとすれば、有山じゅんじさん以外に思い浮かばない。有山さん自身は弟子をとるようなタイプではなく、何かを直接指導してもらった記憶もないけれど、その背中からは実に多くを学ばせもらった。

出会ったばかりの頃、大学を卒業したばかりの何者でもない無名の若者である自分を、有山さんはツアーに誘ってくれた。今思えば、すごい抜擢だと思う。
有山さんからはこんな言い方で声掛けしてもらった。
「リクオ、今度ツアーに出るんやけど、一人でツアー回るの寂しいから、ついてきてくれへん?」
相手にプレッシャーを与えないこれ以上の言葉を他に聞いたことがない。

自分はサポートミュージシャンとしてツアーに参加するつもりでいたのだけれど、有山さんは各ライブでオレが歌うコーナーもしっかりと用意してくれて、有山さん名義のライブにも関わらず、実質、そのツアーは2人のデュオライブのような内容のステージになった。キャリアや世代に関係なく、対等にオープンに共に音楽を楽しもうとする有山さんの姿勢は、当時も今も変わらない。
それ以降有山さんから頻繁にツアーに誘ってもらうようになった。'90年代前半までは、2人だけでなく上田正樹さんも加わった3人で地方を回らせてもらう機会も多かった(時々そこにヴァイオリンのHONZIが加わることもあった)。
まだCDデビューする前から、有山さんの運転する車で、さまざまな町へ連れて行ってもらった体験は、その後の自分のツアー生活の原点となった。とにかく、有山さんとのツアーは、オンステージ、オフステージ含めて楽しい思い出しかない。

来年に還暦イヤーを迎えるにあたり何をしようかと考えた時に、70歳を過ぎて現役バリバリの有山さんとのツアーを思いついた。
初めて2人でツアーに出てから35年の時を経て、今も現在進行形の2人が久し振りに各地を回ることを想像してワクワクした。ツアーを企画するにあたっては、有山さんに恩返ししたい思いもあったけれど(当時「いつかリクオがオレをツアーの誘ってくれよ」と有山さんから言われていたのだ)、この文章を書き連ねるうちに、むしろこのツアーは自分へのご褒美だと思い返した。35年後にまた有山さんと2人でツアーに出れるなんて、当時の自分には想像できない未来だった。続けてきてよかったなと思う。
各地でお待ちしてます。

『有山とリクオのぐるぐるツアー 〜リクオ還暦イヤー記念』
●1/4(木)大阪市・BIGCAT  新春!南吠える!!(1/3~5開催)
「今宵はリクオと二人で、ありやまな夜だ!」
●1/7(日)和歌山・オールドタイム
●1/8(月祝)和歌山白浜・甲羅館 オープニングアクト:メトロロ
●1/24(水)京都市・磔磔
●2/2(金)愛知県豊橋市・HOUSE of CRAZY
●2/3(土)下北沢・ラ・カーニャ 
●2/4(日)三重県松阪市・M'AXA(マクサ)
※後日、追加ツアー情報告知


2023年9月15日金曜日

100年前と変わらない現状 ー 森達也・監督『福田村事件』を観て

森達也監督による初の劇映画『福田村事件』を観た。
関東大震災から5日後の9月6日、香川の被差別部落から薬の行商で福田村に来ていた1行15人のうち9人が、地元住民から朝鮮人ではないかとの疑いをかけられ、幼い子供3人と妊婦を含む9人が惨殺された事件を元にした群像劇だ。100年前の事件を通じて、被差別部落と朝鮮人虐殺という2つのタブーを取り上げることで、今現在を問いかける強烈な内容だった。

この映画が、明確なテーマやメッセージを持って制作されたことは間違いないだろうけれど、そういった作品にありがちな押し付けがましさのようなものは感じられなかった。それは、劇映画としてのクオリティーの高さと、多岐にわたる視点の存在に依るのだろう。
虐殺が描かれる以前の映画前半部分において、立場の違う登場人物一人一人の姿が生々しく丁寧に描かれていることがこの作品の肝だと感じた。そうした描写を可能にしたのは、脚本の良さだけでなく、キャスティングの妙と、それに応える役者陣の演技の素晴らしさだ。制作に関わった人達同士による相互作用の大きな映画なんだと思う。

加害者側の視点が多く描かれているのも、この映画の特徴の一つだろう。
物語の中に極端で凶悪な人間は登場しない。森達也監督自らが語っていたように「善人」が「善人」を虐殺する過程を描いた物語なのだ。

虐殺の契機となるのは、自衛意識からくる集団心理の暴走。その暴走に火をつけたのがデマの拡散だ。
関東大震災において、新聞と政府内務省が朝鮮人に関するデマの流布に加担した罪は重い。映画の中でも、内務省からの通達が流言流布にお墨付きを与える様子が描かれている。
現在の日本においても、当時の新聞のデマ記事を根拠に虐殺の正当性を主張し、在日の人達や隣国に対する偏見と差別を煽る人達が一定数存在する。当時のデマが今の日本にも影響を残し続けているのだ。

事件から100年を経て、果たして自分達のリテラシーが向上したのかどうか疑わしく思う。
現代のネット社会においてデマや陰謀論に絡め取られれてゆく際の特徴の一つは、「自分は常に情報を精査している」との思い込みだろう。その思い込みがもたらす傲慢な万能感は、ネット社会の中で生まれた新しいドラッグのように感じる。

関東大震災での虐殺は、朝鮮人のみならず中国人や日本人が含まれていたことも忘れずにいたい。集団心理の中で、異質なものが排除されてゆく傾向は今も変わらない。

この作品は、今後、注目と評価が高まるほど拒絶反応を巻き起こすだろう。そういった傾向は既にSNS上で確認できる。
その拒絶反応こそが、100年前と変わらない現状をうつしだす。
「反日」を声高に叫ぶ人達にこそ観てもらいたい映画だ。


最後に、この映画が制作されるきっかけとなったシンガーソングライター・中川五郎さんの楽曲『1923年福田村の虐殺』のライブ動画のリンク先と歌詞を掲載しておきます。五郎さんはラブ・ソングと同等にプロテスト・ソングを歌うことに自覚的な日本において稀有なミュージシャンだと思います。


        1923年福田村の虐殺     作詞:中川五郎

1923年、大正12年9月6日のできごと
それはちょうど5日後のこと、関東大震災の日から
千葉県東葛飾郡福田村、今の野田市三ツ堀のあたり
行商人の一団がその村にやってきた

売り物の薬や日用品を大八車に積んで
やって来た行商人の一団、その数は全部で15人
朝早く宿を出て歩き続けて福田村に着いたのは10時頃
利根川の渡し場近くの神社のあたりでまずは一休み

神社のそばの雑貨屋の前には二組の夫婦と
若者二人と子供らが三人、九人が休み
神社の鳥居の脇には一組の夫婦と子供らが四人
夫は足が不自由だった、まだひとつの乳飲み子もいた

渡し場から船に乗ろうと行商人が値段の交渉に
突然船頭が叫び出して あたりの空気は一変
「こいつら日本語が変だぞ」船頭が大声あげる
半鐘が激しく鳴らされて村のみんなが駆けつける

駐在所の巡査が先頭に立ち、村の自警団員が続く
手には竹槍や鳶口、日本刀や猟銃も
その数は全部で数十人、あるいは百人以上とも
自警団員たちが行商人に迫る「お前ら日本人か」

「わしらは日本人じゃ」答える行商人に
「やっぱりこいつら言葉が変だぞ」
「いったいどこから来たんだ」
「四国から来たんじゃ」
千葉の人間にしてみれば聞き慣れぬ讃岐弁
「お前ら日本人なら『君が代』歌ってみろ」

命じられるままに行商人たち「君が代」を歌えば
半信半疑の自警団員たち、
こんどはお経を唱えろと言ったり
「いろは」を言えと言ったり、どんどんエスカレート
目の前の見慣れぬ者が敵に思えて来た

本署の指示を仰ごうと巡査がその場を離れたとたんに
不安に駆られた自警団員たち、行商人たちに襲いかかる
赤ん坊抱いて命乞いする母親を竹槍で突き刺し、
逃げる男たちを後ろから鳶口で頭をかち割った

川を泳いで逃げようとした者たちは小舟で追われて
日本刀でめった切りにされて銃声も響く
雑貨屋の前にいた九人が全員殺された
鳥居の脇の六人は恐怖におののき震えるだけ

残った六人も捕まえられて川べりに連行される
縄や針金で後ろ手に縛られ、まるで罪人扱い
乳飲み子を抱えたまま縛られた母親を男が後から蹴りあげ
醜い顔で大声あげる「川に投げ込んでしまえ!」

興奮して頭に血が上った自警団員の男たち
残った六人全員を後ろ手に縛ったまま
川に投げ込もうとしたちょうどその時
馬に乗った警官が駆けつけて
凄惨極めた惨殺はそこで止められた

九月初めの昼の盛り、利根川の河原には
虐殺された九人の死体が転がる
幼い子供もいれば身重の若い母親も
無残な死体に残暑の日差しが照りつける


襲いかかった自警団員、福田村と隣の田中村の男たち
数十人の中で逮捕されたのはたったの八人だけ
殺人罪で起訴されて懲役刑を受けたが
昭和天皇即位の恩赦ですぐに全員が釈放された

殺人者を告発する検察官は
「彼らに悪意はなかった」と語り
弁護費用は村費でまかなわれ
家族には見舞金も支給された
殺人者たちの家族には村をあげての支援
惨殺された行商人たちには謝罪の言葉はないまま

出所した主犯格の一人、出所後は村長になり
やがては市会議員に選ばれて地元のために尽くす
おまえは夜眠れたのか、悪夢にうなされなかったのか
おまえたちがしたことは謝ってすむことじゃない

関東大震災の直後に朝鮮人が井戸に毒を投げ込んだと
いたるところでデマが流され、たくさんの朝鮮人が殺された
誰も彼もが疑心暗鬼、言葉が少しおかしいというだけで
幼い子供や母親を竹槍で突き殺した

自警団員もただの人、家に帰れば優しい父親
我が子の遊ぶ姿に相好を崩し、隣近所と親しく付き合う
そんなどこにでもいる善人たちが徒党を組んで
不安に煽られたとたんに鬼になってしまう

福田村で襲われたのは四国香川の行商人たち
僅かな薬や日用品を売ってその日その日を暮らす
地元香川のふるさとの村を後にして
どうして旅を続けなければならなかったのか
千キロ近く離れた千葉の果てまで

三豊郡のふるさとの村では彼らに仕事はなく
稲を育てる田んぼもなく、小作料は高すぎる
地区の人たちのほとんどが行商をして暮らす
旅のつらさ覚悟すればからだひとつで始められる仕事

虐殺現場の福田村から謝罪の言葉は届かず
地元香川の中からも抗議や糾弾の声は起こらず
なかったことにしようと言わんばかりに
県のお偉方は知らんぷり
虐殺された行商人たちのふるさと、香川の被差別部落

2003年9月6日、80年の歳月が流れて
虐殺現場の三ツ堀で慰霊碑の除幕式
あの日と同じように残暑の日差しが照りつける
渡し場は今はゴルフの練習場、霊はここで80年さまよっていたのか


見知らぬ人には親切に、苦境の人には助けの手を
それがよその土地の人であれ、よその国の人であれ
たとえ自分たちと違っていても、言葉が違っていても
信じることから始めよう、それが人の心というもの

昔も今も日本人はよそ者を嫌い、
身内だけで固まる狭い心の持ち主なのか
デマや流言飛語に弱いのは臆病者の証拠
信じることから始めよう、人はみんな同じ

朝鮮人だとか部落だとか、小さな日本人よ
朝鮮人だとか部落だとか、小さな人間よ


ー 22023年9月15日(金)

2023年7月20日木曜日

「悪意」と「創作と現実の相関性」 ー 宮﨑駿監督映画『君たちはどう生きるか』を観て

 宮﨑駿監督10年ぶりの新作映画『君たちはどう生きるか』を観た。
公開が始まったばかりなので、なるべくネタバレにならない感想を残そうと思う。

観るものに解釈を委ねる示唆的、比喩的表現が多いのは、先日観た映画『怪物』(監督・是枝裕和監督、脚本・坂元裕二)とも共通していた。https://rikuonet.blogspot.com/2023/06/blog-post_28.html
そういった表現は、行間を読まずにわかりやすい答えを性急に求める者にとっては退屈かもしれないし、減点の対象ともなりうるだろう。

早くも映画に対する賛否が分かれているようだけれど、この作品を構えて批評したり、否定的に即断するのはすごくもったいない気がする。条件反射的に抱いた「違和感」が、時間をかけて魅力に変わってゆくようなことがあり得る作品だと感じるからだ。受け取る側の「わからなさ」を受け入れる力、ネガティブ・ケイパビリティーが試される作品だとも言えるかもしれない。
映画を見終わった後は、長く余韻が残った。なんだか浄化されたような、一方ですっきりしない気分も抱きながら、監督の自伝的要素も含んでいると言われるこの映画について考え続けた。

映画を観た多くの人が印象に残るキーワードの一つは「悪意」だろう。加えて、自分にとってのもう一つのキーワードは、「創作と現実の相関性」だ。どちらも、自分の今の心情にリンクしていて、いいタイミングでこの映画に出会えた気がした。
ファンタジーの世界の中で主人公が成長してゆくストーリー展開と映像は宮崎駿ワールド全開だったけれど、自分が最も印象に残ったのは、主人公がファンタジーの世界を離れて「悪意」に塗れた現実の世界に帰ってゆく決意表明をする場面だった。

主人公の少年眞人が、他人の「悪意」を受け止めながら、同時に自らの「悪意のしるし」を自覚してゆくプロセスは、今の自分自身とも重なった。「悪意」から目を逸らすことなく、「悪意」を乗り越えてゆけたらと思う(でも、しんど過ぎたら逃げよう)。

現実の世界に対する危機感が、この映画を制作するモチベーションの一つになっていることは間違いないと思う。
創作によるファンタジーの世界に逃げ込むことなく、ファンタジーの中で、大いなる矛盾を孕んだ自分自身に向き合い、現実の世界をより良くしてゆこうとの意志が作品を通じて感じ取れた気がする。
80歳を超えても、このような身を削る表現に向き合い続ける宮﨑駿監督の姿勢にあらためて敬意を抱いたし、勇気づけられもした。

この映画には、現実を変えてゆくための理想が込められている。
表現を生業にする1人として、自身の作品に込めた理想をどうにか自分の日常の言動にもフィードバックさせてゆきたい。この映画が、その思いを新たにさせてくれた。

映画『君たちはどう生きるか』と『怪物』は、詩的である点でも共通している。
説明が本質を遠ざけることもある。言葉を含めた表現の解像度を上げてゆこうとする先に、行間で伝える詩的表現が存在するように思う。

2つの映画は、人間と共にある一方で、時には人のコントロールを超えてゆく「自然」が生き生きと野生的に描かれている点でも共通している。
「自然」は、人間の外側だけに存在するものではない。人間自身がコントロールし切れない「自然」や「野生」を抱え込んだ存在であることに対して、2つの映画は自覚的だ。自分にとっては、どちらも、野生と知性の両方を呼び覚ます作用を持った作品だった。

いずれにせよ、どちらの映画も時間をかけて様々な解釈を味わいながら理解してゆくことが可能な重層的な作品だと思う。娯楽の範疇からはみ出した作品なのかもしれないけれど、自分にとっては、想像力を刺激して気づきをもたらしてくれる作品だった。

2つの映画の表現に対する妥協のなさは、受け手への信頼によっても成り立っているのだろう。
社会全体が自己完結して他者の言葉に耳を貸さなくなりがちな状況の中で、『君たちはどう生きるか』や『怪物』のような作品が成り立つことは希望だと思う。

ー 2023年7月20日(木)

2023年7月15日土曜日

ミッツ・マングローブさんの投げ掛け

 ryuchell(りゅうちぇる)さんの死を受けてのミッツ・マングローブさんの投げ掛けは、相手の未来を奪う言動への怒り、悲しみ、やりきれなさに満ちていた。

「似非(えせ)の正義や倫理を盾に誹謗や否定ばかりし続ける人たち。皮肉や嫌みを並べて嘲笑い続ける人たち。理解が追いつかない他人の選択にひたすら嫌悪感をぶつけて自分の無知を正当化しようとし続ける人たち。日頃の鬱憤や自分の不甲斐なさを紛らわすために誰かの行く手を塞ごうとし続ける人たち。そしてそんな奴らが垂れ流した排泄物を飯の種にし続ける人たち。」

どれかに自分が当てはまっていないかとも考えた。
皮肉や嫌みを並べ立て嘲笑ったこと、ぶつけられた「嫌悪感」を投げ返そうとしたこと、自分がやってきたこと、やろうとしたことを思い出して胸が苦しくなった。
もう、やらずにおきたい。

ryuchellさんの若さ、自由、不安、希望が、これからもずっと生き続け、生きづさらを抱える誰かを救ってくれますように。

ー 2023年7月15日(土)